歯と古代日本人の起源

★はじめに

クリスティ ターナーと言う米国の自然人類学者(アリゾナ州立大学教授と言う)は縄文人やアイヌ人の研究を進め、アジア人(モンゴロイド系集団)の歯の形質を八つにまとめ、その出現頻度から「スンダドンティ」と「シノドンティ」に分類している。「スンダドンティ」とか「シノドンティ」とか言って八つの形質を並べてみても一般の人にはよく解らないので、日本のその道の大家(たいか)・札幌医科大学教授松村博文博士は前歯の裏側が平なら縄文系(スンダドンティ)、シャベル状なら弥生系(シノドンティ)と簡略化して言っておられる。ここではその見解に従う。
ところで、現代人では「スンダドンティ」系の人は、
台湾、フィリピン、ボルネオ、インドネシア、タイ、ラオス、マレーシア、ポリネシア、沖縄、北海道(アイヌ人)など。
「シノドンティ」系の人は、
中国、モンゴル、日本本土、東部シベリア、バイカル湖東岸(ブリアート族)、アメリカ大陸先住民など。
と言う。
クリスティ ターナー教授はアジアの人々が環太平洋の地域に移動・拡散したことを述べるが、我が松村博文教授の説はどうなのであろうか。

★松村博文教授の説の要約

* 縄文人の起源については、歯と頭骨計測値の両面において先住オーストラロ・メラネソイド系集団と北方モンゴロイド系集団の混在が認められる新石器時代のインドシナ半島の集団に類似することが明らかになった。このことから、後の日本人のみならず縄文人自身も、後期旧石器時代に大陸辺縁部における先住南方系集団と北方拡散系集団の混血によって形成されたのではないかという可能性が浮かび上がった。

* 縄文人の歯は新石器以降の東南アジア人の歯とともに、その形態はターナーのいうスンダドント型ではあるが、オーストラリア先住民、メラネシアの集団やホアビニアン文化期の東南アジア人などのオーストラロ・メラネソイド系集団がもつ本来のスンダドント型とはやや異なり、どちらかというと北方アジア系のシノドントとの中間的ともいえる形質をもっていることが明らかになった。このことから縄文人ならびにそれに近縁なアジア大陸南部辺縁地域の新石器時代集団は、オーストラロ・メラネソイド系集団を母体とし、多少ながらも北方アジア系と混血したオーストラロ・モンゴロイド系集団に属するものと考えられた。

* 弥生時代から古墳時代における人の移動は、本州のみならず北海道においても予想以上にダイナミックであり、朝鮮半島のみならず沿海州などの北方からも大陸系の集団が渡来していたことが示唆された。

* 渡来系弥生人の起源については、同じく歯の形態の比較から、中国江南地域の前漢時代の人々に強い類似がみられ、この地域が弥生人の原郷の有力候補地であることが示唆された。縄文人の歯の分析からは、後期旧石器時代の東南アジアに起源が求められる結果となった。

* 縄文人は北方起源という主張がありましたが、歯を見る限りでは北方とのつながりはまったく証拠がみつかりません。もし北方からの移動があったとすると、アメリカ・インディアンも北東アジア起源なわけですから、彼らと共通した歯の特徴が縄文人にあってもよさそうです。ところが、アメリカ・インディアンと縄文人ではまったく歯の形質が異なります。特に、アメリカ・インディアンはシャベル型切歯が世界でもっとも発達しており、しかも歯そのものもたいへん大きい。渡来系弥生人よりも大きい歯を持っています。かたや縄文人の歯は非常に小さく、シャベル型が退化している。

* mtDNAを採取して分析した結果、アイヌと現代のマレーシア、インドネシア地域の人たちとが非常に近い。

* 現代の関東地方の日本人では7対3の比率で弥生型と縄文型の歯を持っている人がいる。

★上記見解の検討

1.<縄文人自身も、後期旧石器時代に大陸辺縁部における先住南方系集団と北方拡散系集団の混血によって形成されたのではないかという可能性が浮かび上がった>

縄文人にはY-DNA C1a1とmtDNA M7aのペア(先住南方系集団。古本州島では先住民か)とY-DNA D1bとmtDNA N9bのペア(北方拡散系集団。D1bが今の北海道から古本州島へ進出か)があったと思われ、それぞれの子孫の混血は十分考えられるので、それが実証されたと言うことであろうと思われる。

2.<縄文人の歯はその形態はターナーのいうスンダドント型ではあるが、本来のスンダドント型とはやや異なり、どちらかというと北方アジア系のシノドントとの中間的ともいえる形質をもっている。このことから縄文人ならびにそれに近縁なアジア大陸南部辺縁地域の新石器時代集団は、オーストラロ・メラネソイド系集団を母体とし、多少ながらも北方アジア系と混血したオーストラロ・モンゴロイド系集団に属する>

これはかなり時代が進んでからの話と思われ、当初の人類の歯は切歯の裏側が平(たいら)で、歯は小型であったと思われる。即ち、スンダドント型(縄文人)の歯が正則で、シャベル型や歯が大きいなどと言うのは後世の突然変異か何かの変則的なものではないのか。

3.<弥生時代から古墳時代における人の移動は、本州のみならず北海道においても、朝鮮半島のみならず沿海州などの北方からも大陸系の集団が渡来していたことが示唆された>

弥生時代から古墳時代の変動は中国大陸における「漢」(前漢と後漢)の動乱が日本にも影響したのではないか。何も朝鮮半島や沿海州の人々が<日本よいとこ>とばかりに日本へやって来たのではなく、ボートピープルばりの人も多かったのではないか。

4.<渡来系弥生人の起源については、同じく歯の形態の比較から、中国江南地域の前漢時代の人々に強い類似がみられ、縄文人の歯の分析からは、後期旧石器時代の東南アジアに起源が求められる結果となった>

歯の分析から渡来系弥生人の起源は中国江南地域の前漢時代の人々、縄文人は後期旧石器時代の東南アジアに起源が求められる、との見解だが、弥生人については朝鮮半島からの渡来を説く見解もあり、弥生時代が水稲稲作の時代とするならそれでもいいが、肝心の弥生土器は日本(九州北部か)で開発されたものか、はたまた、朝鮮半島由来のものかははっきりしない。縄文人の起源が東南アジアというのも縄文人の主流がC1a1(Y-DNA)とM7a(mtDNA)と言うのかも知れないが、現在のY-DNAがD1bが多数なことを考え合わせると考えづらいことだ。従って、歯の形質が父から遺伝するものか、はたまた、母から遺伝するものかは今のところ不明だが、あるいは母からか。その場合は日本と東南アジアに類似性があるM7a(mtDNA)と言うことで、M7aは日本では既に縄文時代に沖縄から北海道まで分布している。

5.<縄文人の北方起源について、もし北方からの移動があったとすると、アメリカ・インディアンも北東アジア起源なわけですから、彼らと共通した歯の特徴が縄文人にあってもよさそうです。ところが、アメリカ・インディアンと縄文人ではまったく歯の形質が異なります。特に、アメリカ・インディアンはシャベル型切歯が世界でもっとも発達しており、しかも歯そのものもたいへん大きい。渡来系弥生人よりも大きい歯を持っています。かたや縄文人の歯は非常に小さく、シャベル型が退化している>

これも一言で言えば、縄文人とアメリカ・インディアンは時代も人種も違うと言うことかと思う。縄文人のY-DNAは「D1b」が主力なのに対してアメリカ・インディアンは「Q(キュー」という。また、縄文人あるいはそれに先立つ後期旧石器人は学説にもよるが約35000年前に日本列島に到達し、縄文時代へと移行する約15,000年前までの約20,000年間日本列島にいたとされる。その人たちが縄文人となったことに異を唱える見解はあまり聞かない。これに対して、アメリカ・インディアンは、約2万5000年前にシベリアに進出したモンゴロイドであるとされ、当時は最終氷期の最盛期で、現在のベーリング海は陸地のベーリンジアになっており、ユーラシア大陸からアラスカに歩いて移民できた、と言う。ベーリング海峡が海に戻ったのは1万4000年前と言い、その頃までには北米大陸に渡ったようだ。従って、アメリカ・インディアンのご先祖様がシベリアに来た頃には我が日本のご先祖様はシベリアにはいなかった。「ヒトのY染色体ハプログループの系統樹」なるものを見ても「Q」は「D」の直系の子孫ではなく、遠く離れている。どのような過程を経てスンダドント型とシノドント型が分岐したかは解らないが、日本人とアメリカ・インディアンは、こと、歯に関する限りは関係がない。また、「縄文人の歯はシャベル型が退化している」というのも揚げ足取りではないがハプログループは分岐の古い順にA、B、C、D・・・と付けられるのであろうから、「Q」が退化ないし進化していることはあっても基準となる「D」もしくは「C」には退化なり進化はあり得ない。

★まとめ

1.人類の歯はしだいに大きさを減じているそうで、その割合は1000年に1%の減となるという。現在のアイヌ人の歯は縄文人の歯より小さく、福岡や京都の人の歯は渡来系弥生人の歯より小さいという。後発の「O」や「Q」の突然変異的に歯が大きくなったのは何が原因なのだろう。一般的に歯は小さくなっていくという法則に対して、逆に大きくなったのである。しかも、渡来系弥生人の歯は大きいばかりでなく形質が複雑で堅牢のようである。歯が生えるときに何か障害があるとエナメル質に異常が生じる。日本人の場合、その異常の度合いの高い時代は江戸時代と現代と言うことで、縄文人は意外と今日的に言う栄養状態良好だったらしい。おそらく、海の彼方のシベリアや華北平原では食料もままならず歯が堅牢で大きく、なんでもきちんと食べられた者が生き残ったのではないか。いわゆる、適者生存である。その形質を渡来系弥生人やアメリカ・インディアンが受け継いだと言うことか。Y-DNA「O」や「Q」はもっとも遅くに分岐したので先人にいいとこ取りをされ、栄養分の消化吸収をあげるためには大形の歯が必要だったかとも思われる。

2.歯で民族の近縁性が解るのか。歯は永久歯に生え替わり形が固定するとその後は大きさ、形は変わらないので、それぞれの形状を数値的に測定すると家族関係や民族のつながりが解るらしい。日本では集団墓地の遺骨や歯からその墓地に埋葬された人々の親族関係を判定したり、松村博文教授のように我が日本人のご先祖様の出身地を判定する先生もいる。それによれば、縄文人ならびにそれに近縁なアジア大陸南部辺縁地域の新石器時代集団は、オーストラロ・メラネソイド系集団を母体とし、多少ながらも北方アジア系と混血したオーストラロ・モンゴロイド系集団に属し、渡来系弥生人の起源は中国江南地域の前漢時代の人々だそうである。松村説によれば縄文人にせよ、渡来系弥生人にせよ、日本列島への人類の本格的渡来は一般に考えているよりは新しいようだ。即ち、スンダドント型とシノドント型に分岐するまでには相当時間もかかっているので、日本到達も遅れたと言うことである。但し、スンダドント型とシノドント型は発生時期、発生のメカニズム、発生場所等については明瞭ではないので、スンダドント型が同じだからと言って日本人の起源を東南アジアにするのはやや疑問がある。日本と東南アジアは少しばかり離れすぎている。台湾あたりを介在点にしたか。歯の追跡だけで人の移動を探ろうというのは難しいような気もする。歯の追跡でできるのはせいぜい人種の分別くらいか。

3.食性についてもスンダドント型は草食性、魚食性で、シノドント型は肉食性と思われる。スンダドント型は雑食性と言ってもおかしくないような食べられるものなら何でも食べる環境にあったのではないか。栄養学的には何でも食べて栄養が偏しないスンダドント型がよかったのではないか。スンダドント型は摂取カロリーが少ない分体が小作りにできていたかもしれないが、その分現今の成人病のようなものは少なく、動脈硬化などもなく痴呆症の発症も少なく頭脳明晰であったと思われる。また、最近の日本の歯科医は、歯の大きさや形は食性によると考えている先生がいるようで、縄文時代の日本人と東南アジア人の歯の形質が似ていると言っても、単に、当時の食性即ち食べ物の大きさや形、あるいは咀嚼方法などが似ていたと言うだけの話であるのかも知れない。そうはさせじと松村博文教授は「mtDNAを採取して分析した結果、アイヌと現代マレーシア、インドネシア地域の人たちとが非常に近い」と言っておられるが、M7aのことならM7aは縄文時代には北は北海道から南は沖縄まで日本全国くまなく伝播しているようだ。その発祥地も台湾あたりとか、スンダランドあたりとか、諸説がある。M7やM7bはベトナムなどの東南アジアや、中国大陸南部で多く検出される由。日本には大袈裟に言うと開闢以来Y-DNA C1a1とmtDNA M7aの南方系の人がいたことは間違いない。この南方系に連なる人の遺骨や歯などから日本人南方起源説が専門家では後を絶たないようだ。とは言え、松村博士も言っておられるように「日本列島の旧石器文化は北方文化とのつながりが濃厚」とか「遺伝子の方では免疫グロブリンの分析からバイカル湖周辺の人たちとの類縁関係が指摘されている」とあるように日本人の起源には南方、北方両説があるとしても、松村博士の折衷説のような見解はともかく、日本の基層文化に影響を与えた方を主流とすべきではないか。

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