羽山戸神

★はじめに

『古事記』だけに出てくるマイナーな神に羽山戸神という神がいる。系譜は大年神(オオトシ。『古事記』において須佐之男命と神大市比売(かむおおいちひめ・大山津見神の娘)の間に生まれた)と天知迦流美豆比売(アメチカルミズヒメ)の間に生まれた神と言う。大気都比売神(オオゲツヒメ)を娶った。多数説は「山の麓を司る神」とする。しかし、二神の間の子は、若山咋神(わかやまくい) – 山の神。若年神(わかとし)。若狭那売神(わかさなめ) – 田植えをする早乙女の意。弥豆麻岐神(みづまき) – 水撒き・灌漑の神。夏高津日神(なつたかのひ) – 別名 夏之売神(なつのめ)。夏の高く照る日の神の意。秋毘売神(あきびめ) – 秋の女神。久久年神(くくとし) – 稲の茎が伸びることの意。久久紀若室葛根神(くくきわかむろつなね) – 別名 若室葛根(わかむろつなね)。新しい室を建てて葛の綱で結ぶの意。新嘗祭のための屋舎を建てることと考えられる。(以上、Wikipediaの解釈による)などと言い何か農業しかも水稲稲作に特化した神が多い。「山の麓を司る」が具体的に何をするかはわからないが、同じ意味を持つもう一神の神がいる。麓山祇・羽山津見神(ハヤマツミ)という神で、『古事記』、『日本書紀』双方に出てくる。
『古事記』では、羽山津見神(『古事記』上・伊耶那美命の死) 伊耶那岐神に殺された迦具土神の屍体の各部位から生まれた八神の山津見神の第六で、右手に成った神。その言うところは、火神の屍体から山の神々が化成した意義について、火山の爆発を意味するという説、山焼きに関連するという説、カグツチのツチからの連想で山の神が化成したかという説等がある。
『日本書紀』では、「麓山祇」(巻第一神代上五段一書八)とあり、五山祇のうち第三に手に成った神で、訓注に「麓、山足を麓と曰ふ。此に簸耶磨(はやま)と云ふ」とある。これによって、「羽山津見」のハヤマは端山の意で、山の麓に解され、奥山津見に対応すると考えられる。ヤマツミは山の神である。」しかし、羽山戸神には妻子がいたが、麓山祇には妻子がいなかったようである。羽山戸神の子供たちは農業に傾斜した神だったが、麓山祇は火山の噴火で終わったと言うことか。とは言え、「山の麓(ふもと)の神」がどうして農業に結びつくのか。「羽山戸神が、山裾の肥沃な土地の神であると想像できる。」とか、「日本では山に穀物神が住んでいて、その神が里の畑に下りて、畑に宿って穀物を育てると考えていました。だから山は異世界の入り口であり、良い穀物神を宿す山は特別視したわけです。」とか、諸説があるが、不審な点もある。
羽山戸と羽山津見(麓山祇)は「羽山」の部分を同じくし、『日本書紀』訓注に「麓、山足を麓と曰ふ。此に簸耶磨(はやま)と云ふ」とある。よって、「羽山津見」のハヤマは端山の意で、山の麓に解され、奥山津見に対応する、と言う。地名には、羽山、葉山、早馬等があり、「は(端)、やま(山)で、平地に接する山のこと」とか、「山の端」の意味とし、「山裾の肥沃な土地」どころか「あぶない地名(災害地名)」に分類している人がいる。言わば、こういうところには家を建てて住まないこと、と言うことかと思う。羽山津見の津見は、<山津見はもともと山の神の意を持つ普通名詞であり、そうした多くの山の神を総括したものがオオヤマツミであろう。>と言われるように「神」を意味する言葉だったのだろう。次いで、羽山戸について検討してみる。

★羽山戸とは

羽山戸に関しては、一般に、「羽山」「戸」と理解しているようで、「羽山」=山の端、麓、「戸」=処で、山は山でも「山麓緩斜面」の地上接地点ようなところを言ったものであろうか。多神教国の日本だからこういうところにも神が宿っているのかもしれない。しかし、肝心なのは何の御利益があるのかだが、昔は神が宿る神聖な場所と思ったり、 山と平野の接点なので山の幸と栽培穀物の幸が豊かだったと言うべきか。現代ではあまり御利益なんて感じないところかと思われる。おそらく昔あった祠もどこかへ吹っ飛んで行ってしまったのだろう。ところで、羽山戸を検索していると早股・早俣の地名が出てくる。具体的には、正式な住所となっているのは、
宮城県岩沼市早股 (はやまた)
埼玉県東松山市早俣 (はやまた)
いずれも東日本で若干驚いたが、西日本でも地名の小字に似た地名があった。小字は現在ではほとんど使われていないので調査不足なのであるが、具体的には、
山口県山口市早間田(はやまた)(現・山口市中央一丁目)但し、語源は駅田(はゆまた)「古の世駅馬の料に充し田畝の名の遺れるにや。駅の訓はゆまにて早馬(はやま)の義なり」と。
愛知県豊川市市田町早馬田(はやまでん) (現・愛知県豊川市市田町東新屋)
宮崎県北諸県郡三股町長田字早馬田(現住所は不明。読みも不明)
いずれの地名も文献に現れてくるのは江戸時代の頃と思われ、国家開闢の頃の神名にはそぐわないかもしれないが、宮城県岩沼市早股を例に取るならば、
*川村孫兵衛重吉(まごべえしげよし)は「田の代わりに荒れ地をいただきたい」と希望し、手に入れた湿地帯を開墾して1千石の美田に変えてみせました。それが早股の地です。(伊達政宗の頃)
*湿地が多く荒れていた名取平野に木曳堀(阿武隈川と名取川間)が通水することによって、溜まり水が排水され新田が開発されたということになります。
*貞山堀(阿武隈川河口から松島湾の塩竈までの運河)の開削を担ったのは、政宗に登用された川村孫兵衛(重吉。まごべえしげよし)だと言われています。孫兵衛は玉浦(現・岩沼市)の早股に最初の領地を与えられ、多くの土木事業を成し遂げた人です。政宗の諡(おくりな・「貞山公」)をとって「貞山堀」と名付けられました。
宮城県岩沼市早股は阿武隈川が形成した低湿地帯である。
一方、埼玉県東松山市早俣は、
「高坂台地の東に続く都幾川右岸の沖積低地にある」と言うが、具体的には都幾川が形成した低湿地帯であろう。現在もほとんどの地所が水田である。また、鎮守は小剣神社で、「この神社は、水災よけ、養蚕業の発展、河岸場の繁栄を祈願して創建されたものと伝えられています。」などと言い、祭神は日本武尊、剣根尊と言うが、失礼ながらこれらは全部後付けの話で、小はほかに剣神社があったのでそれと区別するためにつけた接頭語で、剣は水流(つる)、岐(き)で、水流(つる)は湿地の意味、岐(き)は場所を表す接尾語で小剣神社とは湿地あるいは水田の神様を祀った神社ではないか。具体的な神名は何というかであるが、「倉稲魂」(うかのみたま)、「豊受媛神」(とようけびめのかみ)、穀霊神の大歳神(おおとしのかみ)、かかし・「久延毘古」(クエビコ)・田の神などがあげられる。特に、古代では産土神と言い土地そのものが神であり、神名などはなかったのかもしれない。まず地名がついて次いで神名がついたのだろう。
以上は勝手な私見で、「はやまた」(早馬田、早俣、早股など)を羽山戸の転訛と考え述べたものである。

★まとめ

羽山戸の語義であるが、通説は「羽山・戸」と区切って解釈している。しかし、「羽・山戸」もありうると思う。この場合は羽(は)は一般的には、端、縁、先端、岬の鼻、涯(きわ、山の端)などと解されるようである。そもそも「は」という音は崩壊地名につくことが多く、はか(墓谷)、はき(杷木、萩)、はく(白地、白山)、はけ(羽下、波介)、はこ(箱根、筥崎)等が例である。
山戸であるが、昔から山戸、山門(戸、門は甲類)と古典に出てくる「夜摩苔」(『日本書紀』)や「邪馬臺」(『魏志倭人伝』)(苔は乙類)は意味が違うという。即ち、大和と山門、山戸は似て非なるもので違う言葉なのである。一応、一般的な解釈としては、

山門・山戸
「と=門、戸」は「門」の意で、「両側に山の迫った地」、「川口(川の合流点を含む。川の門)」のことである。あるいは、「と」は「つ」の転で「港」か、と。また、吉田東伍博士は筑後国山門郡(現・大和福岡県みやま市瀬高町山門)の大部分は湿地であるという。
『和名抄』備後国奴可(ぬか)郡斗意(とお、とい)郷、日向国児湯郡覩唹(とお、と。都於)郷、石見国那賀郡都於(つのへ、つの。つもん)郷(読みは奈良文化財研究所古代地名検索による)
『古代地名語源辞典』(楠原佑介、櫻井澄夫、柴田利雄、溝手理太郎共著、東京堂出版、1981年)は上記すべてを「と」と訓じている。

大和
大和国城下郡大和郷が発祥地。大和の語源については、
*山外(貝原益軒説)大和国が大阪湾から見て生駒山地、金剛山地の外側という意味らしい。
*山処(契沖説)山のあるところ。現今の通説という。
*山本(池田末則説)山の麓。
*山に囲まれた地(本居宣長説)
山内で読みは「やまち」と「やまつ」がある。薩摩国出水郡山内郷。山内(やまつ)が転訛して大和となったか。
*山人(やまと)奈良盆地が湿地だったので山に住んでいた。天皇氏や久米氏の山部的性格が説明できるのでは。

羽山戸神の原意を解釈するならば「端谷間門」の意味で、いわゆる、谷地、谷津、谷戸、谷田などの「ヤ・ヤチ」型の地名でこの中に谷間も入るはずではなかったか。従って、この場合の谷間(やま)は山の意ではなく、水の流れる谷間(たにま・たにあい)を意味し、湿地帯を言うのではないか。とは言え、谷地、谷津、谷戸、谷田等は装飾語などはつかず単独で用いられるのに、羽山戸(端谷間門)は羽山(端谷間)か山戸(谷間門)に分けられてもおかしくはない。おそらく後世になり、山と谷間(やま)が混同するようになり、ヤマは「山」に一本化され、谷間(たにま)は苗字が多少残っているようだ。
以上より「羽山戸神」は山戸に主意があり、「川の合流点」およびその界隈の「湿地帯」を意味し、水田(農業)の神と推測される。地主神とか国魂神、産土神と言う類いの神であろう。

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