氷川神社と兄多毛比(2-1)

氷川神社の創建は社伝によると孝昭天皇34月となっている。孝昭天皇3年が西暦何年かは不明で、社伝では景行天皇の御代、日本武尊は東夷鎮圧の祈願をし、成務天皇の御代、出雲族(兄多毛比命)が当地に入植し、素戔嗚尊を祀ったという。聖武天皇の御代、武蔵一宮になったという。

これらの内容から推察すると、氷川神社の創建は景行天皇の倭国統一と密接に関係があり、天皇にとっては東夷鎮圧のため、服従者にとっては大和帰属のために建てたものではないか。

似たような経歴を持つ神社として、

1.出雲伊波比神社(埼玉県入間郡毛呂山町)があり、景行天皇の御代、日本武尊が東征の帰途この地に立ち寄り、出雲の大己貴命を祀ったという。また、成務天皇の御代、武蔵国造兄多毛比命が天穂日命を祀ったという。ちなみに、神社の造営者は大伴氏の祖武日命という。

2.出雲乃伊波比神社(埼玉県大里郡寄居町)は、祭神が素戔嗚尊、三穂津姫など。しかし、此方はやや趣を異にし、出雲族の末裔を称する物部氏が祀っていたと言う。

但し、この物部氏は、いわゆる、中央の物部氏とは違い、兄多毛比命の子孫という。武蔵国造は通説では、兄多毛比命直系から一族の笠原氏へ、次いで一族の物部氏へ、最後に一族の丈部氏へ伝わったとされる。この物部氏は癸巳年(633)物部連兄麻呂(聖徳太子の舎人)が武蔵国造に任命されたとある(聖徳太子伝暦、平安時代の著作)。しかし、「連」というのは中央豪族のカバネであり、地方豪族のそれは「直」(アタヒ)であるので、おかしいと言う説がある。笠原氏も丈部氏も直である。また、物部氏は入間郡に本拠があったようで、物部天神社、出雲伊波比神社、中氷川神社(いずれも入間郡)、出雲乃伊波比神社(男衾郡)は物部氏が創建した神社という。神社名に出雲がつくのは出雲臣族が祝になって奉仕する神社の意味という。しからば、氷川神社と上記、出雲伊波比神社、出雲乃伊波比神社は社伝で何と言おうと比較にならないか。

古代武蔵国は、出雲国が大和国に併呑されてから出雲族が徐々に入植を始めたようで、出雲神話の上記神々のほか少彦名命、また大己貴命の別名大国主・大物主を祀る神社が散見する。

ところで、氷川神社の祭神であるが諸説がある。その主なものを列挙すると、

吉田兼永(南北朝時代の神道学者) 素戔嗚尊

大日本神祇史 素戔嗚尊

新編武蔵風土記稿 男体社(素戔嗚尊ほか)、女体社(稲田姫命ほか)、簸王子社(大己貴命ほか)

大中臣国清 男体社(伊弉諾尊)、女体社(伊弉冉尊)、簸王子社(軻遇突智尊)

角井惟臣 男体社(素戔嗚尊)、女体社(稲田姫尊)、簸王子社(大己貴命)

ほかに、プリミティブなものとして荒脛巾(あらはばき)説、見沼の水神説など。

 現在は、角井惟臣説によっているが、延喜式神名帳に載る神は氷川神一座とあり、一神を祀っていたと思われる。

 また、氷川神社の祭祀は誰が司ったか。一般的には、武蔵国足立郡の郡司であった丈部氏が関与したのではないかと言われている。また、丈部氏の前に足立郡を支配していたのは武蔵国造笠原氏で、いずれも武蔵国国造の祖兄多毛比命の子孫であるとしているが、疑わしい。

 一応、丈部氏は文献に初出の丈部直不破麻呂(770年頃の人)から氷川神社の祭祀権を失った(将門記)とされる武蔵武芝(940年頃の人)まで氷川神社の祭祀を司っていたと思われる。

 それでは、氷川神社の祭神に諸説があるのはなぜなのだろうか。

 私見を述べれば、その理由とするところは以下のごとくである。

 1.本来の社家(丈部氏)が200年間くらいで追放され、祭祀の本旨が忘れられてしまった。勿論、祭神も忘れられてしまったのだろう。

 2.南北朝時代には熊野修験に神社が乗っ取られ、神社本来の機能が失われていた。そのためか、南北朝時代には氷川神社は武蔵国で「三ノ宮火川大明神」とある。もっとも、この三ノ宮の意味するところは一宮、二宮、三宮を意味するのではなく、男体社、女体社、簸王子社を意味するのか。なぜ名神大社の氷川神社が小社の小野神社の後塵を拝するのか。(但し、小野神社が武蔵国一の宮になった経緯は大化の改新で現在の府中市が国府とされ国司が赴任し、管内神社の祭典を行う便宜上、多数の神社を一所に配祀し(武蔵総社)、ほかに左右の相殿に有力六社が合祀され(六所宮)、その第一位の席を小野神社が与えられた。理由は不明。)或いは、当時は熊野修験に乗っ取られ神社の体をなしていなかったので三宮に落とされたのか。また、男体社・女体社・簸王子社の三社があるのは、紀伊熊野三所権現の影響という。簸王子社というのも九十九王子を連想させる。よくまあそれで祭神が熊野三所権現の神にならなかったのか、不思議だ。

 それでは、氷川神社の本来の祭神は素戔嗚尊だったのか。一般的に祭祀を司る氏族はその氏族の先祖を祀るのが常道で、氷川神社の場合その氏族は丈部氏だったと思う。丈部氏が兄多毛比命の子孫で出雲族として素戔嗚尊を祀ったというのならそれはそれで理由があるが、兄多毛比命は天穂日命の子孫で素戔嗚尊とは直接関係ないと思うのですが。それよりも、丈部氏は兄多毛比命とは関係がないのではないか。過般判明した稲荷山古墳の金錯銘鉄剣の銘文にはヲワケの臣の系図として、

オホヒコ→タカリのスクネ→テヨカリワケ→タカヒ(ハ)シワケ→タサキワケ→ハヒテ→カサヒ(ハ)ヨ→ヲワケの臣

で、おそらく「ヲワケ」は漢字で書くと「小別」であり、後世の小杵(ヲキ)、小熊(ヲクマ)の先祖であろう。即ち、丈部氏以前の古い武蔵国国造家である笠原氏は兄多毛比命とは関係なく、大彦を上祖と理解していたようである。もっとも、この大彦と記紀に出てくる大彦命が同一人物であるかは不明。だたし、多くの歴史学者は同一人物と解し、中には上記系図と記紀の内容は随分違う、と感想を述べている人もおられる。日本書紀の安閑紀によれば笠原氏は武蔵国(主に埼玉郡界隈か)のみならず、上野国まで勢力を伸ばしていたようである。また、丈部氏は足立郡の豪族だったと思われるが、笠原郷は埼玉郡と足立郡の境であり、氷川神社と埼玉郡は少し離れてはいるが笠原氏と丈部氏の交流は十分に考えられるのではないか。即ち、笠原氏と丈部氏は同族で、上祖を大彦とし、後世、阿倍氏は大彦命の子孫とされたので、或いは、その影響のもと丈部氏が「阿倍」の姓を賜ったり、阿倍氏一族となったりしたのか。但し、丈部氏と言ってもいろいろあるが、大彦→阿倍氏の系譜が主流かと思う。

 さすれば、丈部氏が氷川神社で祭った神は大彦(命)であり、言われているような、「素戔嗚尊」ではないはずである。無論、丈部不破麻呂以前はどの程度まで氷川神社の祭祀に関わったのかは不明なので何とも言えないが、素戔嗚尊説は大彦命説の後から出てきたものではないか。即ち、氷川神社の奉祀者が大彦系の丈部氏から兄多毛比命系の物部氏へ移ってから祭神も変わったのではないか。

 また、どうして大和の人である日本武尊が出雲の神である大己貴命や素戔嗚尊を祀るのかわからない。ただ単に東国は出雲族が割拠していたのでそれを追認しただけなのか。しかし、上記ヲワケ臣の系図を見る限り、必ずしも東国の先進地である埼玉郡や足立郡には出雲族が住んでいたとは思われないのだが。しからば、氷川神社社伝に言う兄多毛比命が出雲族を引き連れて武蔵国造となり専ら氷川神社を奉崇し、とは何を意味するのか。なお、氷川神社の氷川の由来であるが、一般には兄多毛比命が出雲出身で、且つ、氷川神社の祭神が素戔嗚尊であることから、氷川は出雲の簸川(ひかわ、斐伊川)のこととする向きもあるが、氷川の由来は神社がある見沼の地名に由来するのではないか。

 見沼は今は見沼と書くが、古くは水沼と書いたのではないか。その後、記録者が水の字を書くのに余計な「、」を加え水を「氷」と書き、沼を我流くずし文字か、はたまた、沼という字が分からなかったのか、沼を「河」と書き、即ち水沼が「氷河」と書かれ、それから氷川となったのではないか。日本の地名には間違いに間違いを重ね現在の地名になった、と言うような話は時々聞く話だ。但し、この場合は神社名のみ。ちなみに、記紀に出てくるヒカハは、日河比売命と針間氷河之前がある。前者の日河は出雲の簸川と関係があるという説と日は霊の意味で霊川即ち霊的な川(抽象的な川のことか)の意味と解する説がある。後者の氷河は遺称地不詳とするのが通説のようであるが、加古川市加古川町大野の氷丘(今の日岡山のことか)の下を流れる加古川を氷河岬というという説もある。氷丘と氷河が対になっていると言うことか。あるいは、これらの氷河は干川(ひかわ、ほしかわ)で風水害等の影響で乾陸地となり今は水が流れなくなった川なので地名がなくなった川か。ちなみに、加古川市の氷河もさいたま市の氷川も地形は似ている。いずれも川(加古川市の氷河、加古川)ないし沼(さいたま市の氷川、見沼)に突出した台地であり、地名も加古川市の方が日岡山とか氷丘、さいたま市の方は高鼻町と小高い形状を表す地名だ。以上を総括すると、この岡の上にあった神社を水源とする一条の川(霊川)は水は高きより低きへ流れるがごとく加古川や見沼へ流れていたのではあるが、その後鎮守の森の涵養もむなしく水源は枯渇し干川となり、川がなくなるとともに今は地名も喪失したものか。加古川も見沼も地名としての氷河、氷川は残っていない。いずれにしても氷川神社の氷川が出雲と関係があるとは思われない。

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