加羅、韓、唐、辛の地名

★はじめに

古代日本には加羅(から)とか韓(から)と書かれた地名があったようであるが、日本の朝鮮半島南部の支配がなくなると日本の加羅や韓と書かれた地名は八世紀以降は唐(から)とか辛(から)の文字に置き換えられほとんど残っていない。日本の学者先生の多くは日本の加羅、韓、唐、辛、賀羅(きゃら)、賀陽(かや)、蚊屋(かや)などの地名は朝鮮半島の加羅(『三国志』魏志東夷伝によれば,韓在帯方之南東西以海為限南與倭接方可四千里有三種一曰馬韓二曰辰韓三曰弁韓辰韓者古之辰國也。「韓」は「から」を音訳した漢字と解釈されている。)地方から日本にやって来た人たちの移動とともに広がった地名と言う。特に、鈴木武樹元明治大学教授著「地名・苗字の起源99の謎 あなたの祖先はどこから来たか」(PHP文庫)<50 「韓(カラ)」のつく地名は何に由来するのか>などを読んでいたら日本は韓国の人に占拠されたと思うばかりだ。もっとも、他方では唐洲なら涸洲(川跡)とか辛沢なら空沢(水が流れたり流れなかったりする沢)などの「カラ」は別義に解しているようだ。
ところで、加羅(から)とか韓(から)と言う語は何語なのだという疑問があるのだが、 『三国志』魏志 東夷伝 倭人条によれば「從郡至倭,循海岸水行,曆韓國,乍南乍東,到其北岸狗邪韓國,七千餘里。始度一海,千餘里至對馬國。」とあって、狗邪韓國は倭の一部とも読める内容になっている。但し、解釈には諸説あり。また、狗邪(くや)とは賀陽(かや)と同じという説もある。その説では狗邪韓國は狗邪(=カラ)韓(=カラ)国の意となり、理解薄弱のためか同じ意味を重ねて表現したようである。そこで、日本語で「カラ」がどのように解釈されているのか辞典で調べてみる。

★「古典基礎語辞典」(大野晋 編、角川学芸出版)の「カラ」の解説

から(族・柄)
(解説)カラ(幹)と同根。上代では、「親族(うがら)」「同胞(はらから)」「族」などの複合名詞として使われることが多く、血縁関係のある一族であることの意。また「神柄(かむから)」「国柄(くにから)」「人柄(ひとがら)」「山柄(やまがら)」などの複合名詞では、カラは、一族のものに本来共通して備わっている性質、すなわち素性や品格の意。
(語釈)1.血のつながる一族。2.品格。素性。素質。すじ。3.原因や理由。ため。ゆえ。
(参考)日本語のカラは満州語・蒙古語のkala、xala(族)と同系の語とみられてきた。この語は現在も満州族、蒙古族では社会生活上の重要な概念であるが、日本の古代社会にはウヂ(氏)よりもいっそう古く入ったらしく、奈良時代以後、ウヂほどには社会組織のうえで重要な役割を果たしていない。なお、朝鮮語ではkyoroi(族)の形になっている。

から(幹・柄)
(解説)カラ(族)と同根。芽を出してまっすぐに伸びたものが原義。この種のカラは「粟柄(あはから)」「楫柄(かぢから)」「鍬柄(すきから)」など複合名詞として使われることが多い。形はいずれも棒状。
(語釈)1.草や木の茎。2.道具の柄3.矢の篦(へら)。矢の竹。矢柄。

から(韓・唐)
(解説)もと3~6世紀ごろ、朝鮮半島南部にあった小国「伽羅」を指したが、のちに朝鮮半島全部、やがて随・唐と国交を開くようになると中国、そして中世以降は南蛮などの外国のことをも指して言うようになった。

から(殻・骸・躯・空)
(解説)水分・生命がすっかり失われて死んだものの意。原義は、動植物の外部をおおっている固い皮、つまり外殻の意。
(語釈)1.貝などの動物や草木の実などの外部をおおう固いもの。外殻。外皮。2.蝉のぬけがら。3.魂の抜け去った後に残る肉体。死体。なきがら。むくろ。4.名詞に冠して接頭語的に用いる。ア、水分がなくなった、死んでいる意を表す。枯山。枯木。イ、乾いた、実質のない、空疎である意を表す。「空声」「空身」「空家」など。

上記「古典基礎語辞典」によれば、日本にはまず朝鮮半島から満州族や蒙古族がやって来て(このとき馬も一緒に連れてきたか)<縄文時代末期か>、次いで中国南部から中国人(漢族)が稲を携えやって来たと言うことか<弥生時代>。日本語はアルタイ諸語に属するという説もあり、アルタイ諸語の中にチュルク語族(アルタイ語、トルコ語、ウズベク語、カザフ語、トゥバ語など)、モンゴル語族(モンゴル語、オイラート語、ブリヤート語など)、ツングース語族(エヴェンキ語、満州語など)が入るのは確実視されており、あるいは、日本語の起源は縄文時代末期のモンゴル語族(モンゴル語)とツングース語族(満州語)との合成語かとも思われる。しかし、通過点である古代朝鮮半島では扶余諸語(ツングース諸語か)と新羅語(現・朝鮮語)があったといわれ、扶余諸語と日本語は同系の言葉という説もある。あるいは、扶余諸語(濊貊語、夫余語、高句麗語、百済語)には日本語通訳はいらなかったと言うことか。扶余諸語は、現在、日常言語として使用されているものは皆無でわずかに日本語とか朝鮮語に痕跡をとどめる程度かと思われる。従って、加羅や韓の語が旧満州やモンゴルに起源があるとしても族、幹、柄の意味ではともかく、それが地名にまで波及したかは少しばかり疑問である。また、朝鮮半島南部にあった小国「伽羅」とも言っているが、それが朝鮮半島、中国、南蛮に拡大するのは解るとしても、日本列島に拡散するとは考えづらい。
そこで上述の韓の使用例を考えてみると、「馬韓、辰韓、弁韓/辰韓者古之辰國也」と「狗邪韓國」とがある。前者の例では辰韓を辰國と対応させているので韓とは国の意味かとも考えられる。狗邪韓國では韓も国、次の字も国では重複してしまうのでこの場合の韓(カン、カラ)は原義に戻って部族くらいの意味になるのではないかと思われる。狗邪韓國とは即ち狗邪族の国ほどの意味になるようだ。その狗邪も語源がはっきりせず、どこの国の言葉かもわからない。

★まとめ

加羅、韓、唐、辛などの地名は朝鮮半島由来を説く前に日本語の語源を考えるべきではないか。朝鮮半島の加羅(弁韓)地域はまとまりを欠き、洛東江流域を中心として散在していた小国家群をまとめて加羅と言ったと言う説もある。こんなはっきりしないことは横に置いて、日本の地名の「カラ」について検討してみると、

地名用語としての「カラ」には、
1.涸 2.砂礫 3.崖 4.高地、などの意味があるようである。川や谷が涸れて水が流れなくなったら砂礫地になるのであり、崖は断崖絶壁とまでは言わなくともかなり垂直に高いものであり、その上は高所であろうかと思う。1.涸 2.砂礫は涸れ(かれ)から発生した言葉であり、3.崖 4.高地は上述の「から(幹・柄) 芽を出してまっすぐに伸びたもの」の義で、垂直に高くなった語義と思われる。

鈴木武樹先生は物故者のようで故人を批判するわけではないが、日本の地名の相当部分が朝鮮半島由来というのは納得できない。

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