縄文人はモンゴロイドではないのか

★はじめに

過般、「人類の足跡10万年全史(スティーヴン・オッペンハイマー著、仲村明子訳、草思社、2007年9月刊)を見ていたら「日本の縄文人のような非モンゴロイド」という件(くだり)があり、我がご先祖様はモンゴロイドではないのかと驚きもした。この場合、Y-DNAハプログループDのことを言っているのかと思われるが、日本ではY-DNAハプログループDが人口比に対して高頻度で見つかるのは日本・チベット・ヤオ族・アンダマン諸島・フィリピン・グアム島などでアンダマン諸島のネグロイドを除いては日本・チベット等はモンゴロイドとされる。念のためオッペンハイマー博士の著書を抜粋してみると、

上記著書 P233
「簡単に言ってしまえば、スンダ型は出アフリカ海岸採集民からの、もっとも早期の歯の変化で、その特徴の組み合わせは東南アジアの南モンゴロイド、ポリネシア人、ミクロネシア人に見られ、また日本の縄文人のような非モンゴロイドと孤立したアンダマン諸島人にも少し見られる。中国型はスンダ型と同じ形態的な方向へさらに分岐する傾向を示し、中国人のほとんどを含む北モンゴロイドに見られ、北東シベリア人とアメリカ先住民ではそれがさらに誇張された形になっている。」

非モンゴロイドと言うから、日本人はネグロイドかコーカソイドになるのかとも思われるが、Y-DNA Dはアンダマン諸島人もいて、こちらはネグロイドというので我がご先祖様はたまたま北回りで日本列島へやって来たため肌の色が白くなったネグロイドと言うことなのか。はたまた、同じY-DNA Dのアイヌ人が「多くの人種と古モンゴロイドの共通点は共有原始形質(低めの身長、彫の深い顔、二重瞼、体毛が多いこと、湿った耳垢、波状の頭髪など)」とされ、明治時代にやって来たドイツ人は「アイヌは未開の『白人』である」と言ったとか。縄文人は見た目はコーカソイドに似ていたのか。現在では縄文人の系譜を引くアイヌ人は遺伝子学的には、コーカソイド由来のDNAは全く検出されていない、と言う。また、「現在の東アジア大陸部の主要な集団とは異なる遺伝的構成、おそらく縄文人の系統を日本列島人が濃淡はあるものの受け継いできたことを示している。」(2012.11.01 【プレスリリース】日本列島3人類集団の遺伝的近縁性<国立大学法人 総合研究大学院大学>)当然と言えば当然で、縄文人はY-DNA Dであり、東アジア大陸人はY-DNA O、C、Nなどが主力であり、オッペンハイマー博士のようにY-DNA Dはモンゴロイドではないと言われても、それじゃあモンゴロイドはY-DNA O(人口が最も多いから)だけを言うのかと言うと、そういうことではないようだ。あるいは、「ハプログループDは、現在の日本や中国、朝鮮、東南アジアにおいて多数派的なハプログループO系統や、その他E系統以外のユーラシア系統(C,I,J,N,Rなど)とは分岐から7万年以上の隔たりがあり、非常に孤立的な系統となっている。」と言うことから、孤立したモンゴロイドのことを非モンゴロイドと言うのか。あるいは、「アイヌは古モンゴロイドに属し、周囲のモンゴロイドと大きく異なる形質を持っており、人種的にはアイノイド(Ainoid)と呼ばれる。また、縄文人もアイノイドに属していたと考えられる。」と言うことを言ったものか。しかし、近年(アイヌ人の)DNA解析が進み、縄文人や琉球民族、日本人と近縁であることが判明し、コーカソイド由来のDNAは全く検出されていない、と言うからにはアイヌ人はモンゴロイドと解するほかはないと思う。
以上より、縄文人、アイヌ人は新モンゴロイドではない、と言うだけであって、北方系古モンゴロイドでもモンゴロイドには変わりはないと思う。

★歯型と頭型は相関関係があるのか

スティーヴン・オッペンハイマー博士はこうも言っている。「このように頭蓋の特徴の連続的な変化は歯のスンダ型から中国型への変化と平行しているように思われる。」(上述著書、P236)
博士の説を要約すると、長頭とスンダ型、短頭と中国型に分けられるようだ。いろいろ言う人もいるだろうけれど、日本の縄文人やアイヌ人は、一応、「長頭とスンダ型」なのですんなりあうが、東南アジア人は「短頭にスンダ型」のようである。長頭と短頭のほかに中頭の概念を入れて、日本の縄文人は長頭に近い中頭とする見解も根強い。また、東南アジア人は、原マレー人は一般に中頭(平均頭長幅示数78.5)であるが、第二次マレー人は短頭(平均頭長幅示数85)である。原マレー人は日本の縄文人やアイヌ人と同じく古モンゴロイドと言われ、東南アジア人のうち原マレー人(ボルネオ<カリマンタン>のダヤク、フィリピンのイゴロット、ジャワ島のテンゲレル、スマトラ島のバタックなど)は「長頭にスンダ型」の範疇に入るようだ。第二次マレー人は、今日のマレーシア人やインドネシア人で東南アジア人の人口の多数を占める。また、スティーヴン・オッペンハイマー博士は、同書のP234「未分化から中国型への歯形の発展」(図5-3)その説明をP235で以下のように述べている。
「歯の形態の多様さについての二次元図。スペクトルは未分化(アフリカ、ヨーロッパ、残存先住民のセマンとセノイ集団とニューギニア人)からスンダ型(マレー先住民、東南アジア人、太平洋諸島人)、そして中国型(北モンゴロイドと先住アメリカ集団)へ移行する。図が先細るのはアフリカから離れると多様性が減少することを示している。縄文人と南シベリア人は分布から大きくはずれている。」
「未分化」というのはスンダ型にも中国型にも分類されない歯型を一括してまとめたものか、はたまた、歯型が出アフリカ時の原初のままなのかは定かではないが、一般的に言ってアフリカ人はそういう範疇に入っても問題ではないが、ヨーロッパ人はY-DNA Rが主体でその出現は「Y染色体のハプログループRは、中央アジアからコーカサス地方にかけてのいずれかで、約19,000から27,000年前にハプログループK2の子系統であるハプログループPから誕生した。」と言い、やや大げさに言うと人類の系統樹の最後部で分岐したものである。最古の人種の歯型と最新の人種の歯型が同じ範疇に入るとは考えづらい。クリスティー・ターナー先生はモンゴロイドの歯型だけを調査して「シノドントとスンダドント」を発表したが、スティーヴン・オッペンハイマー先生はそれに便乗してネグロイドやコーカソイドの歯型を追加したものか。
スティーヴン・オッペンハイマー博士は「東アジア本土の現生モンゴロイド集団のなかを北へ移動していくと中国型の程度は増し、アメリカではその極値に達する。このように中国型は南のスンダ型に由来すると思われる。」と言うが、歯型はそうであっても頭型どうなのかと言うことである。歯型が中国型になったら、頭型も確実に短頭になったのかははなはだ疑問である。頭型のデーターはヘルメットメーカーなどに多いらしく、そちらの研究者の発表が待たれる。今のところ歯型と頭型を関連づける資料はないようだ。歯のシノドントとスンダドントとの差異は遺伝によるものか。スティーヴン・オッペンハイマー博士は戦後の香港人と中国本土人の身長の差異は、香港人が栄養価の高いものを食べてもその身長が低いのは遺伝であるといっている。日本人が戦後短期間に身長を急伸させたのは日本人は縄文型(小柄)と弥生型(長身)の混成民族であり、戦後栄養状態がよくなると弥生型がその遺伝力を発揮し身長を伸長したのではないか。

★日本の旧石器人は東南アジアから大陸の日本海沿岸を北上し樺太から北海道へ来たのか(現生人類の「出アフリカ」が、南ルートをとり、且(か)つ一回限り、と宣う)

「出アフリカのただ一つの南ルート」と言うことで欧米では「出アフリカ」は南ルートが定説になっている。スティーヴン・オッペンハイマー博士の上記著書P92ーP93、図1-6では、以下の説明がついている。
「出アフリカのただ一つの南ルート。海岸採集民がとった、紅海からインド・太平洋沿岸に沿って、オーストラリアとその先の、中国、日本、ニューギニアへの可能性を含めた全ルート。6万5000年から8万5000年前の植生と海水面を示す。この時代を通じて、砂漠の広がりが北ユーラシアへの接近をはばんでいたことに注目。」
日本へはスンダランド沿岸を通り、中国沿岸、ロシア沿海州、大陸と陸続きになっていた樺太先端から陸路でUターンして北海道に南下、と言う道のりである。
樺太・北海道の植生はステップ・ツンドラ。本州は樹林という。
常識人が考えたらどうしてこんな迂遠な方法をとるのかと言うことであろう。当時すでにユーラシア大陸にはネアンデルタール人(ドイツ・デュッセルドルフ郊外のネアンデル谷など多数の地域)やデニソワ人(ロシア・シベリアのアルタイ地方)などが住んでいたと考えられ、これらの人々は北緯50度あたりの現代で言う寒帯地域に住んでいたと思われる。寒帯と言っても年がら年中氷点下の気温ではないと思う。夏場に食料確保に動き回り、加工などをして蓄え、行動の制約される冬場は主に屋内作業に従事したのではないか。冷涼な気候なので食べ物もあまり腐ったりはせず、良好な衛生状態が保たれたのではないか。これに対して、現生人類の方はやや持って赤道直下あたりの熱帯地域からやってきて、ご本人の体自体に何々の病原菌とか、此れ此れの病原虫とかを持ち歩き、ネアンデルタール人やデニソワ人はその病原菌等が原因で滅亡したのではないか。ともあれ、上記スティーヴン・オッペンハイマー博士の図は6万5000年から8万5000年前の仮説でその頃の日本列島には人類が生存していたかは大いに疑問である。従って、北方モンゴロイドが東南アジアから北上してきたと言う仮説を含めて上記スティーヴン・オッペンハイマー博士説は仮説の域を出ない。また、同博士は女性のmtDNA M7aについても同様な地図を書いているが、これも疑問である。

★先史時代の人々は好戦的だったのか。

同博士著(P97)に「数種の人類が一つの大陸に住もうとすれば、たいていは急速に一つの種まで減少した。」と。例として、タスマニア、ドイツ、ルワンダ、バルカン半島のホロコースト(大量虐殺)を上げているが、多くの多民族国家では各民族は共存しており、悪質な例外をことさら強調するのはいかがなものか。我が国も縄文時代には多民族が共存した痕跡があり、しからば縄文時代が殺戮の時代かと言えば、過般、「岡山大大学院社会文化科学研究科の松本直子教授(認知考古学)等は、全国の縄文遺跡で出土した人骨を調べ、暴力による死亡率を分析。欧米などのデータと比べ5分の1以下の「1%台」と算出し、英国の科学雑誌に30日(2016.3.30)発表した」とある。「欧米やアフリカでは、縄文期と同じ狩猟採集時代の遺跡から大量虐殺を示す人骨が発掘されるなど、暴力での死亡率が十数%を占める研究データがある。」と言うので、スティーヴン・オッペンハイマー博士の見解も的外れとは言いがたいが、博士の見解は弱肉強食とか優勝劣敗の原理を言ったものではないのか。少なくとも、人口は少なく、狩猟採集できる食糧がまんべんなく分布していた先史時代の日本列島にあっては食糧をめぐって争ったのは2%弱の人であり、人口比で見れば微々たるものである。さらに、松本直子教授は「人類が必ずしも暴力的な本能を持ってはいないことも示す。戦争の原因を人の本能に求める風潮に再考を迫る一歩になる」とも言っておられる。欧米やアフリカは人類発祥の地ないしそれに近い地であるが、生存するには厳しい土地柄であったようだ。

★まとめ

縄文人は非モンゴロイドと言われても、人類はその元はと言えばアフリカの黒人(大げさに言うと、アダムとイブ)にたどり着き、古くなればなるほど地球の全大陸の人は似通ってくる。縄文人は人種の分岐を見るとアフリカ人を除いては早期の部類に入るのでほかの人種に似ていると言われればそれまでだが、やはり人種をネグロイド、モンゴロイド、コーカソイドに分類するならば、モンゴロイドかコーカソイドに入り、「一気にユーラシア大陸を東へ駆け巡り日本列島にたどり着いたコーカソイド」と考えられなくはないが、「様々な遺伝子の研究により、アイヌは遺伝的にこれらの人種(ネグロイド、コーカソイド、オーストラロイド)とは隔たりが長く、非常に独立的な系統であることが分かってきている。形質的には古モンゴロイド(アイノイド)に属すとされ、また縄文人もアイノイドに属していたと考えられる。」とあり、やはりモンゴロイドかと思う。
歯型と頭型については、短頭になったらどうして上顎の歯が下顎の歯に覆い被さるようになったのかが解らない。世間で言う「出っ歯」の理由が短頭にあると言う理由はまだ見当たらないようである。但し、インターネットでは、幼児期にうつ伏せ寝か仰向け寝かにより長頭と短頭に分かれ、うつ伏せ寝の子は長頭に、仰向け寝の子は短頭になると言い、短頭の子は出っ歯である、と言う説を述べているものもあるが、諸々の理由により一概に言えないと言う意見も多いようだ。スティーヴン・オッペンハイマー博士の長頭が徐々に短頭になったというのは、現今の欧米人にその兆候が現れているという人もいる。
「脱アフリカ」の南ルートが通説のようだが、脱アフリカが一回限りというのも考えづらい説と思われる。「ヒトのY染色体ハプログループの系統樹」というのを見ると、脱アフリカに関係するY-DNAはCFとDEと考えられ、そのうちアフリカ大陸以外の現生人類はFの子孫のみである。脱アフリカが一回というのは脱アフリカ150人のうち全員がY-DNA DとY-DNA CFとも考えられるが、DとCFの二回の脱アフリカやそれ以上の脱アフリカも考えられると思う。

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縄文人はモンゴロイドではないのか への2件のフィードバック

  1. すずき より:

    この記事を書かれて一週間後ぐらいに、縄文人の核DNAの解析が行われて、ツリーで見れば、オーストラロイドとアメリンドの間で分岐している事が示されましたね。
    アイヌ自身は、だいぶ大和と北方の影響を受けて、モンゴロイド化してしまっているようですが、縄文人を主体とするアイノイド人種という概念が認知されていっても良いように思います。

    • tytsmed より:

      >縄文人の核DNAの解析が行われて、ツリーで見れば、オーストラロイドとアメリンドの間で分岐している事が示されましたね。

      人種の分類には多数の説があってどの説が真実なのかは今のところ解らない、と思われます。

      >縄文人を主体とするアイノイド人種という概念が認知されていっても良いように思います。

      縄文人とひとくくりに言っても日本には幾種類かの縄文人がいると言います。上記の概念は専門家の判断を仰がなければと思われます。

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