鬼の起源

★はじめに

狐憑き、犬神持ち、鬼の子孫など聞いてもおぞましい話が戦後一時期まで多かった。今も地域によっては憑依現象の類いの話が残っているようだが、都会でそんな話をしようものなら「あいつこそが狐憑き(精神病者と言うことか)」と言われて誰からも相手にされなくなるだろう。何でもこの種の話は西日本に多いとかでまたまた水田稲作に絡んでやって来た元々は荒唐無稽な話とか精神の老化現象の話とは思うが、科学の進んだ現代でも信じて止まない人がいるらしい。ともあれ、ここで取り上げるのは訳のわからぬ憑依現象ではなく、鬼の話である。
「鬼」の語は「出雲國風土記」(733年頃)大原郡阿用郷の条に、
阿用郷 郡家東南一十三里八十歩。
古老 傳 云「昔 或人、此處 山田 佃而、守之。爾時、”目一鬼” 来而、食佃人之男。爾時、男之父母 竹原中 隠。而、居之時、竹葉 動之。爾時、所食男 云『動動』。」 故、云「阿欲」。神亀3年、改字「阿用」。
とあるのが文献初出のようで、現在では”目一鬼”を「まひとつおに」と訓じている本がほとんどである。「鬼」の訓は「おに」「かみ」「もの」「しこ」などがあったらしく、「おに」の訓に定着したのは平安時代末期の頃という。それかあらぬか、「オニ」の語は日本の古語ではなく、神でも人でもない怪しいものを「モノ」と言ったが、「モノ」は常には人目に見えず隠れていると言うことから「隠(おん)」の漢字が当てられこれが「オニ」になったというのが有力説のようである。要するに、「オニ」の語は平安時代あたりから漢字の読みから生じたもの、と言うことであろうが、肝心の漢字にどうして「隠」の語が残らなかったのか疑問ではある。
多数説は「十巻本和名抄」(934年頃)に根拠を求めているようで、それによると、

「人神日鬼(於邇・オニ)、或説云、於邇者、隠音之訛也」と。即ち、隠れ住むものの意というのであろうか。

ここでは、高邁な鬼の話は横に置き、我々になじみの深い低俗な「鬼」を取り上げてみようと思う。

★庶民の「鬼」

以前にテレビを見ていたら「私は鬼の子孫です」などと言う人が現れて、どう見ても人間にしか見えず、話す言葉も日本語で、何を言っているのだろうと思ったが、どうやらご先祖様に怪力無双の人がいたり、顔面が鬼瓦のように怖い人がいて、「鬼の子」などと冷やかされ、それを今に引きずっているのではないか、と思ったものである。鬼の子孫と称する人は今もいるようで、著名なところでは、
1.八瀬童子と称する八瀬(京都市左京区八瀬)の人々。
2.葛川明王院(滋賀県大津市葛川坊村町)の信徒総代、葛野(くずの)常喜家・葛野常満家。
3.役小角の弟子、前鬼・後鬼夫妻の五人の子息の子孫、五鬼継(ごきつぐ)、五鬼熊(ごきくま)、五鬼上(ごきじょう)、五鬼助(ごきじょ)、五鬼童(ごきどう)の各家、今は五鬼助家のみ。奈良県吉野郡下北山村前鬼。

「鬼」の語は新しいと言うだけあって、いずれも有史時代に入ってからの人たちである。八瀬童子は最澄(伝教大師)が使役した鬼の子孫と言い、最澄の生没年は神護景雲元年8月18日 – 弘仁13年6月4日(旧暦)(767年9月15日 – 822年6月26日〈新暦〉)と言う。童子と言われる所以は、寺役に従事する者は結髪せず、長い髪を垂らしたいわゆる大童であったからであるという。葛川明王院は貞観元年(859年)に相応和尚(831 – 918、建立大師)が開いた修行道場という。役小角の前鬼・後鬼については役小角の生没年が伝承ながら舒明天皇6年(634年)伝 – 大宝元年6月7日(701年7月16日)伝とあり、役小角は実在の人物というのには異論がないのでおそらく前鬼・後鬼もその頃の人かと思われる。そんな時代になって妖怪変化とか魑魅魍魎などは考えられず、これらの人たちのご先祖様はまったく普通の人でおそらく地域のリーダー格の人ではなかったか。「鬼」とは「頭(かしら)」を意味したか。これらの人は世俗の鬼とは違う。
一般に、鬼とは想像上の怪物で1.人間の姿をしている。身の丈八尺以上の大男 2.口は耳まで裂けていて鋭い牙がある 3.目は一つないし二つ 4.縮れ毛の頭髪に牛の角が二本ある 5.裸に虎の皮のふんどし 6.肌の色は赤、青、黒、黄色 7.毛むくじゃらで筋骨たくましい、などで、これらから西欧人を連想する向きがあり、村上元三の「酒顛童子」という小説では、ネーデルラントの騎士シュタイン・ドッジと言う名で出てくるそうな。しかし、これは仏教の羅刹(らせつ・大力暴虐で人を食うという)などの混同や中国の「鬼」の観念と日本の「モノ」(怨霊、物怪)という観念が影響し合って「オニ」が成り立ったという(「古語基礎語辞典」大野晋編、角川学芸出版、P246「鬼」)。上述の鬼の様相や食人性はすでに中国の文献にあり、日本ではそれをそのまま受け入れたという。
鬼や妖怪は深夜に群れ歩いている(百鬼夜行)、と言うが、一般に徒党を組んで深夜に行動を起こすのは犯罪のにおい濃厚で山賊、海賊、盗賊、あるいは当時にあっては、土着した修験道者や山窩などであっただろうか。鬼とは大和朝廷などの体制に従わない人たち、体制から抜け出し徒党を組んで乱暴狼藉を働く山賊、農民とは異なる生業に従事する山の民や川の民、商人や工人、芸能者たち、山伏や陰陽師、巫女たちなどであると言い、総括すれば体制不順応者を鬼と言ったようである。従って、身の丈八尺以上とか、口が耳まで裂けているとか、目は一つないし二つとか、頭に牛の角が二本などというのは古代の人の妄想と言うほかない。また、「御伽草子」などに出てくる丹波国大江山の酒呑童子は創作物語で山伏、山賊、田楽師たちの姿が見え隠れしている、と言う説もある。

★まとめ

「鬼」の文献初出はどうのこうの言っても「出雲國風土記」であって、編纂が完了したのは733年頃、最古の写本は慶長2年(1597年)に細川幽斎が書写させたもの(細川本)と言うので後世の知見が入っているのではないかと言われれば何ともいえないが、「目一鬼」とあるので「一つ目」系の神としては「天目一箇神(あめのまひとつのかみ)」と言う製鉄・鍛冶の神と「一目連(いちもくれん、ひとつめのむらじ)」と言う天候(風)を司る神がいるようである。おそらく、「出雲國風土記」の「目一鬼」とは「天目一箇神(あめのまひとつのかみ)」を言ったものかと思われる。とは言え、天目一箇神があちこちに外出して”あれは美少年だ”などと言って人を食べていたとは考えづらく、この「目一鬼」とは食人性があるかどうかは格別人を襲う何らかの動物だったのではなかろうか。人を襲う鍛冶師とかもあり得ないと思う。
出雲神話に出てくる人を食う動物としては、八岐大蛇(蛇)と和邇(鰐あるいは鮫)がある。八岐大蛇には高志之八俣遠呂知(古事記)とあり、高志は諸説あるも現在の北陸地方を指すと言うのが有力である。これを意訳すれば、毎年、北陸から出雲に嫁取りのため複数の人がやって来たと言うことだろうか。飲酒は祝い膳か何かではないのか。もっとも、これで喜ばしいのは北陸側で出雲側は何一ついいことはなかったのではないか。素戔嗚尊が出てきて八岐大蛇を退治するのもこんな不平等条約はやめようと言うことではなかったのか。
「ワニ」と言う言葉が出雲発祥とするならば「オニ」も出雲発祥(一説に、WANIがWONIに変化<aとoは交代しやすい>したとするが、前述したように鬼のルビーは<於邇・オニ>でヲニではないとするのが通説かと思われあまり取り上げられていない。ちなみに、ワニの語源は中国語の「王」<wang・ワン>で「大きい」という意味があり、王蛇は大蛇のことを言うとある。また、蜂王は女王蜂のことであるという)で、前者が海の大型魚類を言うようなので、後者は陸の大型動物を言ったのではないか。しからば、その大型動物とは何かというと、一般には人を襲うと言うことで「出雲國風土記」から拾ってみると熊、狼、猪、猿などが考えられる。八岐大蛇<例、アミメニシキヘビ・東南アジア>や和邇<例、イリエワニ・オーストラリア>は元々我が国にはいないものとされ食人動物として外国から話だけが伝わったと解すべきであろう。和邇については日本神話に豊玉姫命の出産譚があり、豊玉姫命は出雲の人という見解もある。「オニ」は「出雲國風土記」に言う「目一鬼」とすれば自然界には一つ目の動物はほとんどいないので何らかの原因で片目を失った動物と言うことになるのではないか。その場合、一つ目でも生きていける体力がある動物としては「熊」が考えられる。一体に「出雲國風土記」では面倒くさいのか各郡ともに同じ動物を書き連ねており実体はまったく不明としか言い様がない。
結論としては、「オニ」は「隠」(社会的不適応者)を語源とする前に、”一つ目”動物(一つ目鮫)あるいは人間(一つ目小僧)の恐怖感が出雲の人にあったのではないか。また、『山海経』大荒北経には、一目人なる人たちがいて、姓は威(い)、古代中国の帝・少昊の子孫で、黍を食べていたという。人々はこの国を怖がっており、鬼國(きこく)とも呼んでいたという、とあり、日本の鬼伝説にはこの話が少なからぬ影響を与えていたか。

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