高龗神

★はじめに

たまに出てくる高龗神(たかおかみのかみ)って一体全体どういう神様なのだろう、といつも考えている。正式には龗(おかみ)の神で、「おかみ」の「かみ」は神の意味ではないと言う。「おかみのかみ」の表記は、「古事記」では淤加美神、「日本書紀」では龗神となっている。それぞれの箇所を抜粋してみると、

「古事記」

次集御刀之手上血 自手俣漏出 所成神名【訓漏云久伎】 闇淤加美神【淤以下三字以音下效此】 次闇御津羽神上件自石拆神以下 闇御津羽神 以前 并八神者 因御刀所生之神者也

闇淤加美神(くらおかみのかみ)と闇御津羽神(くらみつはのかみ)が出てくる。

「日本書紀」

【日本書紀 卷第一 第五段 一書第六 抜粋】
一云 磐筒男命及磐筒女命 復劒頭垂血 激越爲神 號曰闇龗(くらおかみ) 次闇山祇(くらやまつみ) 次闇罔象(くらみづは)

【日本書紀 卷第一 第五段 一書第七 抜粋】
一書曰 伊奘諾尊 抜劒斬軻遇突智 爲三段 其一段是爲雷神 一段是爲大山祇神 一段是爲高龗(たかおかみ)

まとめると言っても原典が同じだろうから、結果も同じになろうかと思うが、一応、以下のごとしである。

「古事記」 闇淤加美神と闇御津羽神(水の神) 即ち、闇淤加美、闇御津羽が対の神か。
「日本書紀 一書第六」 闇龗と闇山祇(山の神)と闇罔象(水の神) 即ち、闇龗、闇山祇、闇罔象、三神が一組か。
「日本書紀 一書第七」 雷神(雨の神か。「古事記」に八雷神あり)と大山祇神(山の神)と高龗 即ち、雷神、大山祇神、高龗で一組か。
「日本書紀」では一書第六、一書第七の三神の組み合わせでいずれの組み合わせにも「山祇神」と「龗神」は加わっており、残りの神についても「闇罔象」および「雷神」となっており、水に関係のある神である。

ほかに「於可美」と出てくるものとして、

「万葉集」巻二(104)に、
吾岡之 於可美尓言而 令落 雪之摧之 彼所尓塵家武(我が岡の於可美に言ひて降らしめし雪のくだけしそこに散りけむ)とある。
現代的に言うと「於可美神社」があって於可美神に降雪を祈ったと言うことか。於可美神は雪を司る神であったか。

「豊後国風土記」
(直入郡)球覃郷(くたみのさと)在郡北
此村有泉 同(景行)天皇 行幸之時 奉膳之人 擬於御飲 令汲
泉水 即有蛇龗謂於箇美(おかみ) 於茲 天皇勅云 必将有臭 莫令
汲用 因斯名曰臭泉(くさいづみ) 因為村名 今謂球覃郷者 訛也
現代的に言うと泉の水は鉱泉水(硫黄泉か)で飲用には適さなかった。有臭の原因は蛇(於箇美)と言うことなのだろう。
おそらく、景行天皇の出身地では蛇を「カガシ」ないし「カカシ」と言っていたのだろう。カガシの語源は「嗅がす」だそうで、「天皇勅云 必将有臭」と言っているのは、毒蛇は四六時中、毒を廻りに吹きかけて相手が弱ったところで毒牙でかみつく、と言う見解もある。その様を言ったものか。豊後国では「オカミ」とは単純に「蛇」のことかと思われる。

★「おかみ(於可美、淤加美、龗など)」の検討

「おかみ」の「み」(甲類)は、 「かみ(神)」の「み」(乙類)とは異なり、「やまつみ」、「わたつみ」の「み」と同じで、霊力のあるもの、神霊の意味という。次いで、「おかみ」の「おか」であるが、はっきりとした意味を説く見解はほとんどない。漢字の「龗」であるが、霊と龍の合成漢字で霊と龍の二つの意味を持ち神霊あらたかな龍を言うのではないらしい。それでは、「おかみ」の「み」が霊で、「おか」は龍のことか。

龗はWebの「ニコニコ大百科」というサイトでは、
「龗
意味
〔説文解字〕では「龍なり」とある。日本では水神である於箇美(をかみ)の字として宛てられることもある。
字形
形声で声符は霝。霝は雨乞いのお祈りの意味がある。
音訓
音読みはレイ、リョウ、訓読みは、おかみ(または、うかみ)。 」
とある。「於」は「お」と「を」の両様の読みがあるようであるが、「をかみ」としたら「岡見」の可能性もなきにしもあらずだが、一応、「おかみ」とする。上記、「ニコニコ大百科」では龗の意味として「水神」一色だが「蛇」の方はどうなったかと言うことである。おかみ(水神)とおかみ(蛇)は同音異義語で、後世、水辺を好む蛇ヤマカガシが水神になったと言うことか。

★山の上の龗神

日本で著名な龗神を祀る神社は京都市の貴船神社と奈良県の丹生川上神社がある。
貴船神社の祭神は同社サイトによると 1.本宮 高龗神 伊弉諾尊の御子神、水を司る神。 2.結社 磐長姫命 木花開耶姫命の姉姫 3.奥宮 高龗神 船玉神としての信仰も篤い、と言い、「また別の伝説では、第18代反正天皇の御代(約1600年前)、初代神武天皇の皇母・玉依姫命が御出現になり、「吾は皇母玉依姫なり。恒に雨風を司り以て国を潤し土を養う。また黎民の諸願には福運を蒙らしむ。よって吾が船の止まる処に祠を造るべし」と宜り給い、「雨風の国潤養土の徳を尊び、その源を求めて黄船に乗り、浪花の津(現在の大阪湾)から淀川、鴨川をさかのぼり、その源流である貴船川の上流のこの地(現奥宮)に至り、清水の湧き出る霊境吹井を認め、一宇の祠を建てて水神を奉斎す」とあり、”黄船の宮”と崇められることになったと伝えられている」と曰っている。
丹生川上神社は論社が上社、中社、下社の三社がある。戦前までは中社が本社で上社、下社はそれに包括されていたそうだが、現在はそれぞれ独立した神社になっている。
上社の祭神は主祭神が高龗神、配神が大山祇神、大雷神で、以前は罔象女神を主祭神としていた。明治初年までは高龗神社という小規模な祠で、その由緒も不詳だった。
中社の祭神は本殿:罔象女神(みづはのめのかみ)、相殿:伊邪奈岐命・伊邪奈美命となっているが、大正11年(1922年)にそれまでの「大穴貴神・表筒男命・伊邪奈伎命」を変更したものと言う。平安時代初め頃から「雨師明神」とも称され、慶安3年(1650年)の造営の上梁文には、当初の鎮座地に丹生神社を新造するとともに、本社を金剛峯寺の鎮守神に倣って「蟻通明神」と改称した旨が記されている。ウェッブサイトでは「当神社の御祭神「罔象女神(みづはのめのかみ)」は、水一切を司る神様で水利の神として、又は雨の神として信仰され、五穀の豊穣に特に旱続きには降雨を、長雨の時には止雨を祈るなど、事あるごとに心からなる朝野の信仰を捧げ、水神のご加護を祈ってきました」と言うが、旧来の祭神を見ると雨や雪の神ではなく、漁業や飲料水など生活用水の神ではなかったか。
下社の祭神は闇龗神 (くらおかみのかみ)で、以前は高龗神であったが、大正時代に変更された。江戸時代には神社名を「丹生大明神」と称していた。
丹生川上神社はその衰微が激しく一時はその所在も不明となったと言う。『人声の聞こえない深山で我を祀れば、天下のために甘雨を降らし霖雨を止めよう』と言う深山幽谷の地にありながら所在不明とはまったく以て考えづらいことだ。
以上を見ると、貴船神社の祭神は一本スジが通っているが、丹生川上神社の方はブレが大きく本当は何の神様か皆目わからない。丹生川上神社も「763年より応仁の乱の頃までは朝廷よりの雨乞い、雨止めの奉幣祈願が九六度されていることが記録にみられる」というので、奈良時代以降は祈雨、止雨の神として認識されていたのだろう。

★貴船神社

貴船神社の祭神は高龗神で、「高龗神(たかおかみのかみ、山頂に座す龗)」や「闇龗神(くらおかみのかみ、谷間や山裏に座す龗)」などが伝わり、おかみのかみとは両者を合わせた総称というのが通説、と言う。高龗は山頂に座す龗でいいが、闇龗は谷間や山裏ではなく「鞍部」即ち峠に座す龗のことではないか。龗も古くは水神ではなく蛇そのものを言ったのではないか。現代的に言うと、高龗は山頂に生息する蛇であり、闇龗は峠に生息する蛇のことである。山頂や峠で祭事を行おうとしたら蛇が現れた的イメージでいいのではないか。そういうところは天候も不安定で今晴れていたかと思えばすぐに雨雲におおわれて雨天になる。自然と蛇と雨が結びつき龗神になったものか。日本では蛇神信仰は縄文時代からあったようで、八ヶ岳南麓の藤内遺跡からは蛇を頭に抱く土偶が発見されている、とある。この場合の蛇は男性で男女の結びつき表し、子孫繁栄を願ったものか。藤内式土器を含む勝坂式土器には蛇の把手や蛇のような文様があるが食料(特に、動物性タンパク質)を表したものか。土器や土偶などに取り付けられているものなので、雨とは関係はないと思う。また、龍は日本にはない文化なので龍が雨に結びつけられるのは有史時代に入ってからと思われる。
上述の文章より本題の貴船神社に関係のある部分を抜粋してみると、

「貴船神社」のサイト

(1)3.奥宮 高龗神 船玉神としての信仰も篤い
(2) 清水の湧き出る霊境吹井を認め、一宇の祠を建てて水神を奉斎す
(3) 黄船の宮

「ニコニコ大百科」のサイト

(1)音訓(龗の読み)
音読みはレイ、リョウ、訓読みは、おかみ(または、うかみ)

「貴船神社」のサイトの奥宮の祭神高龗神と本宮の祭神高龗神が同じ神でありながら奥宮の方は「船玉神としての信仰も篤い」と言い、本宮の方は「水を司る神」という。水を司る神というのは総括の神様で、船玉神はその辺縁の神を言うのか。同じ神名で同じ神社にありながら別な役割というのもおかしい話だ。どちらかが正でどちらかが後で付会されたと言うことになろうかと思う。
「清水の湧き出る霊境吹井を認め、一宇の祠を建てて水神を奉斎す」この文章だけを見ると純粋な飲料水の神であり、拡張して井戸の神、川の神となろうかと思われる。
「黄船の宮」は「木船の宮」の誤りか。貴船は「黄船」「木船」「木生嶺」「氣生根」「貴布祢」などの表記があったという。貴船、黄船は当て字か。

「ニコニコ大百科」のサイトで龗の訓読みは、おかみ(または、うかみ)となっている。”うかみ”は漢字で表記すれば、<浮かみ>(深みなどの類似の言葉がある)で<浮かぶ>と同語源か。龗(うかみ)神とすれば水に浮くところの意味か。

★まとめ

1.高龗神は船玉神としての信仰も篤い、とあるが、船玉神には(1) 航海の安全を守る神。住吉神(すみのえのかみ)・水天宮・金比羅権現などで、そのお札を船内に貼る(2) 漁船の守護神として信仰されている神霊。新造のとき、船大工が女性の毛髪や人形(ひとがた)・さいころ2個などを船の中央の帆柱の下などに、神体としてはめ込む、と二通りの意味があるらしい。高龗神(貴船神社)は航海の安全を守る神のように海上の船から目印となるところにある神社でもなく、女性の毛髪、人形(ひとがた)、さいころ等でもない。従って、今ひとつはっきりしないが、強いて言えば「航海安全の神」と言うことか。高龗神が、雷神、大山祇神とともに出現しているのは高地に関わりのある神で海とは関係のない神と思われる。その神社の信者が祭神をどのように信じようがそれは他者の関知するところではない。例として、高龗神に商売繁盛を祈る。とはいえ、船玉神と言っているので貴船神社は往古は船にまつわる神社とも考えられる。
2.「黄船の宮」と言っているのは木船の当て字か。木船は船木の倒語か。船木氏にもいろいろあるが、古代においては造船用の木材の伐採に関わった人々といい、伊勢国多気郡船木が発祥の地という。 現在の京都市左京区鞍馬貴船町(貴船神社のあるところ)界隈にかって船木姓の人、あるいは、林業関係者が住んでいたかどうかはわからないが、北山杉(主産地:京都市北区中川)などで有名なので、貴船界隈で木材の伐採、造船(丸木舟ではある)を行い、川伝いに大阪湾まで運んだか。
3.龗を<うかみ>と読んだとしたら、意味するところは<浮かみ>で川や海の川面や海面のことか。川や海に浮かぶ、即ち、船のことか。但し、沖縄では「うかみ」とは「お神」のようで神様を言う。浮き見(うきみ)とすると浮見堂、浮御堂などと書き、池などに浮かぶお堂を指すようである。
以上より龗神の結論を出すとすれば、龗とは最初は蛇そのもののようで、その後、雨に関連づけられ水神となり、最後に船の神になったのではないか。龗の漢字は水神になった頃に採用されたものと思われる。

広告
カテゴリー: 歴史 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中