フシ、フジ、フヂ

★はじめに

富士とか富士宮とか紛らわしい市名が隣り合っているので双方の市民は間違ったりしないのかなと思っていたら、以前に合併の話があったとか。その後、富士宮市長が合併反対派だったので合併の話はご破算になったらしい。富士と富士宮の由来だが駿河国富士郡が鎌倉時代頃から富士郡上方および富士郡下方と言われ、おおざっぱに言うと富士宮市が富士郡上方に当たり富士市が富士郡下方に当たるようだ。富士と言うから富士山と関係があるのかといえば、富士市の方は全く関係がなくせいぜい富士川が市内を流れているくらいなものだそうな。富士宮市の方は富士山本宮浅間大社が現在も鎮座し、その威容を誇っているようだ。浅間大社の大宮司家は和邇部氏と言う珍しい豪族の出身という。
ところで、富士の話もそこいらにしておけばよかったのであるが、インターネットで「富士」の項目を見ていると、玉石混淆雑多な意見が述べられている。特に、富士の漢字表記がまちまちで、そこが奇説、珍説、トンデモ説などに狙われているようだ。漢字表記でポピュラーなのは「福慈」「不尽」「不士」「布二」「不死」「不二」「布士」「布自」「富岻」「富慈」「冨士」などで、それぞれに訳のわからぬうんちくを傾けている人がいる。また、語源説にも、アイヌ語説、朝鮮語説、マレー語説などがあるようで、そのほかにも別名が意味不明の漢字で書かれているものがおおい。但し、多くの人はもっともな理由をつけて読んでいる。

★「危険な地名」のフジ

小川豊著「あぶない地名 災害地名ハンドブック」(三一書房、p189)では、

フシ、フジ、フヂ

1.フチ(淵)の転訛語 2.山の裾を引いた地形/五倍木(ふしのき)/
1.の例として、
富山県高岡市伏木(ふしき)古国府(小矢部川河口の西岸伏木富山港の市街地)
2.の例として、
徳島県那賀郡那賀町掛盤字五倍木(ふしのき)(地すべりの危険箇所がある)

フジ(富士)が、
1.の意味としたら、富士郷の地名の発祥の地は、富士川や駿河湾沿いにあってもいいはずだが、それらしき地名は見当たらない。大淵(おおぶち)という地名もあるが「大淵は水利に乏しい山間の地」とあるのでこの場合の「淵」は別の意味かとも思う。即ち、淵は縁のことで、2.の山裾の先のことを言ったか。発音もフジではなくフヂだったのではないか。
2.の意味としたら、一応、富士山の裾と言うことになろうかと思う。「延喜式神名帳」に載る「富知(フヂ)神社」は『富士本宮浅間社記』には、浅間大社が鎮座した大宮は、もとは福地明神(富知神社)が鎮座していた地、とあり浅間大社が鎮座した平城天皇大同年間以前から、当地の地主神として崇敬されていたらしい。このあたりの地名は、神社名と同じく、冨知、富知、不二、富士、福地と書いてフジあるいはフヂと読んでいたのではないか。現在の神社名は富知(ふくち)神社である。但し、富知(フヂ)神社の論社には富士市浅間本町の富知六所浅間神社もある。同神社の由緒書には「創建は、第5代孝昭天皇の時代と伝えられ、第10代崇神天皇が四道将軍を派遣の際、当神社は厚い崇敬を受け勅幣を奉られました。第41代平城天皇が大同元年(806)に五社浅間を勧請されるにあたり、当神社は首座と定められ、弘仁2年(811)、嵯峨天皇の中宮安産祈祷後は、勅願所として事変あるごとに国家安泰の祈祷が行われました」とある。

以上より判断するならば、この場合のフシとフチは意味が異なり、フチに関しては淵(水がよどんで深くなったところ)と縁(物の周りの部分)と漢字が分かれて別意と言うことかとも思われる。上記小川説はこの例によったものかと思われるが、私見によればフチとは「縁」が本来の意味で「甲所と乙所の境を言ったもの」と考えられる。たとえば、海や川の境をフチ(淵)と言い、台地と平地の境をフチ(縁)と言った。元来、こういうところは神の寄りつくところとされ、神聖視されたようだ。「水がよどんで深くなったところ」などと言うのは後世の追加的意味だと思う。川っぺりに神社があったり、あるいは、岡の上や岡の下に神社があったりするのもそのせいではないか。よって、フジ(富士)とは富士山の「山の裾を引いた地形」を言い、富士郷の地名の元となった土地は現在の富士宮市大宮町の富士山本宮浅間大社辺り一帯を言ったものではないか。同地域は当て字とはいえ漢字表記も豊富で古くから現富士山本宮浅間大社、富知(ふくち)神社界隈はフシ、フジ、フチ、フヂと言われていたのではないか。

★伏見(ふしみ)について

フチに対してフシと言う言葉も出てきたので、それにまつわる地名を「和名抄」で見てみると、「ふしみ(伏見、俯見)」という地名がある。摂津国西成郡伏見郷、陸奥国玉造郡俯見郷がそれで、「大言海」には「伏拝(ふしおがみ)の略ともいう」とあり、「難波の伏見は今の三津八幡社(御津八幡宮か)、平城の伏見は菅原、美濃にもある」などと解説がついている。
伏見の地名も早くから散見し、たとえば、

「日本書紀」 巻第十四 雄略天皇
十七年春三月丁丑朔戊寅 詔土師連等 使進應盛朝夕御膳清器者 於是 土師連祖吾笥 仍進攝津國來狹々村 山背國内村(京都府宇治市)・俯見村(京都市伏見区) 伊勢國藤形村及丹波・但馬・因幡私民部 名曰贄土師部

とあり、西暦五世紀からある地名かと思う。但し、山背國内村・俯見村の窯業遺跡については「宇治市および京都市伏見区一帯には、隼上り瓦窯(はやあがりかわらがま、7世紀前半)に先行する須恵器窯や瓦窯跡は確認されていない」という見解もあり、雄略天皇の贄土師部がどの程度の技量の持ち主だったかは不明。あるいは、「日本書紀」編纂時の知識を元に書かれたものか。
そこで、伏見の意味だが、1.見下すことのできる傾斜地 2.フシは節に通じ「高地」のこと 3.柴の古名「フシ」に由来する 4.以前は伏水と書き桃山丘陵からの伏流水をいう、などの説がある。「大言海」の伏拝とまでは行かないけれど、一般に「山」は上を向き、「伏(ふし)」は下を向く所作をいうようである。即ち、「伏(ふし)」とは地形的には山に比べて小高い岡や丘陵地をいい、京都市伏見区の場合は深草、桃山丘陵地を言ったものか。伏見の「見」は「廻」の意味で丘陵の麓のことを言ったのではないか。即ち、この場合の「伏見」とは桃山丘陵の廻りを意味していたと思われる。また、陸奥国玉造郡俯見郷は、現在の宮城県大崎市古川大崎伏見(以下略)あたりをいい、当地は大崎平野西部の低い舌状台地と言うことである。以上を総括するならば、伏見の「伏(ふし)」とは丘陵地や舌状台地などの言葉で表される小高い岡と言うことになろうかと思う。

★まとめ

1.小川豊先生は「フシ、フジ、フヂ」をまとめて一括して述べておられるが、その中で「フシ、フジ」と「(フチ)、フヂ」とは難癖をつけるわけではないが意味が違うのではないか。先生が説例であげておられる、伏木、五倍木は五倍木こそ(地すべりの危険箇所がある)と述べておられるが、今までに大きな災害があったのか。特に、伏木は古代の国府があったところといい万葉歌人の大伴家持も国司として五年間過ごしたという。何の防災設備もない古代ゆえそんな危険なところに国府を置くとは思われない。最良の防災方法は場所を選んで火山の噴火や地震、津波などを避けることができる場所を探したのではないか。国府がしょっちゅう災害に遭っていたのではたまったものではない。
2.富士山については富士(ふじ)と富知(ふぢ)があって紛らわしいが、古文献では「ふじ」が優勢のようである。特に、地元以外はほとんど「ふじ」である。しかし、地元では冨知、富知(ふぢ・ふくち)、福地(ふぢ、ふくち)が使われている。一応、地元を優先すると「フヂ」「フクチ」で、意味としては「縁」のことと思われる。何の「縁」かと問われれば、溶岩流の縁、と言うことになる。あるいは、地元ではフヂとは溶岩流そのものも言ったのかもしれない。「フクチ」とは漢字で書くと「膨地」で、溶岩流が熱で膨張した様を言ったものか。「冨士は日本一の山」などというのは、よそ者の言い分で、富士山は地元民にとっては、時折、思い出したように噴火し、噴火が終われば溶岩が音を立てて流れ落ちてくる。これはそこに住む人々にとっては厄介者以外の何物でもなかったのではないか。「藤の花房のように垂れ下がった稜線の山」などという失礼ながら風呂の中の寝言のようなお説は考えられない。富士山は、また、その前は「浅間山」と言ったという説もあるが、冨士とか浅間という地名は火山以外にもたくさんある。浅間は、「アサ(崩崖)、マ(間)」の意味と言い、火山地帯に多いのは火山土壌は崩れやすく、噴火口、外輪山、あるいは裾野の溶岩末端とも崖状の地形を形成するからと言う。アサマ(沖縄県ではアザマ)は火山に関係のない沖縄県(沖縄県南城市知念安座真)にもあり、こちらは傾斜地を言うらしい。強いて、冨士(フジ)を取り上げるなら、溶岩台地を言ったものか。いずれにせよ、富士山の山名の語源はその秀麗な山容を愛でていったものではなく地元民にとっては迷惑のレッテルを貼った山名なのである。

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