記紀神話は日本プロパーなのか

★はじめに

日本の記紀の神話は天皇家の神話であり、庶民には関係ないもののようである。しかし、その内容は諸外国の神話に類似しているとする見解は多々ある。記紀の主力神話である高天原神話と出雲神話は、エジプト神話に似ているとするもの(林道義元東京女子大学教授)、ギリシャ神話に似ているとするもの(日本の多数説。大林太良東京大学名誉教授、吉田敦彦学習院大学名誉教授等)などがある。吉田敦彦教授(大林教授も同じ)はさらに敷衍して日本神話と印欧神話が似ていると言う。それによると「記紀神話は、インド、イラン、ローマ、ゲルマン、ケルトなど、インド・ヨーロッパ語族の主な諸神話のもっとも古い形ときわめてよく似た構造を持つことが明らかだと思われる。これらの神話はもともとは共通して、フランスの神話学者デュメジルが「三機能体系」と名づけた、世界観の枠組みに従って構成されていた。三機能とは、人間の社会において(1)王と祭司、(2)戦士、(3)生産者のそれぞれが果たす役割と対応する、宇宙的な力あるいは原理で、デュメジルはそのそれぞれを、第一機能、第二機能、第三機能と呼んだ。そして、インド・ヨーロッパ語族のあいだに古く共通して、宇宙の秩序もこれらの三機能の緊張を孕む絡み合いと共働によって成り立ち維持されていると見なす、観念の体系があったことを明らかにした・・・」と。要するに、インド・ヨーロッパ語族に属する言語を話す民族は皆同じ神話を持つと言うことである。我が日本語も元々はインド・ヨーロッパ語族に属する言語かと考えられるかも知れないが、何分にもユーラシア大陸の最果ての地なので今は孤立言語となっているようである。なお、ユーラシア大陸全域にわたって同じような神話が分布していると言う見解もある。
大林太良先生によれば「『古事記』『日本書紀』に記録された日本神話は、多くの話から成り立っている。これら個個の神話のうち、類話が海外になく、まったく日本独特というべきものは、存在しないと言ってよい」(「神話の話」<講談社学術文庫>)と言うことで、海外の類話を見てみると、
1.人類の始祖たる男女が兄妹であったとする神話は南アジアからポリネシアにかけて広くみられる。
2.「最初の死人」(伊弉冉)が「死の国を支配する神」となる話は古代エジプトのオシリスやインドのヤマなどにみられる。
3.伊邪那岐が黄泉国から帰って禊のときに左目を洗うと天照大神(太陽)が、右目を洗うと月読命(月)が誕生したという話の類似例として、中国神話において創造神たる盤古の死体のうち左目が太陽に、右目が月に化生したとされる話がある。
4.因幡の白兎が海を渡るのにワニ(サメ)を騙して利用する話は、動物が違えど(兎が<鼠鹿、猿、金狼(ジャッカル)>など。鰐が<鱶、鯨>など)似た内容の昔話が南方の島からカムチャッカまでにある。
5.神武天皇の東征とアレキサンダー大王の説話、あるいは、トゥアサ・デー・ダナンのアイルランド征服神話。
6.応神天皇伝説とインド=ヨーロッパ語族神話の太陽神生誕神話。
7.オセット(コーカサス地方・オセット人)のソスラン誕生神話(岩から生まれた)と天忍穂耳尊(オシホミミ)<天照大神の勾玉から生まれた>。
一般的に、海外の類話は日本発祥と言いがたくほとんどが朝鮮半島を経由して、あるいは、中国から直接、日本に来たものであろう。時代が下るに従って文献として日本に入ってきたものも多いのではないかと思われる。人の移動とともに入って来た説話は日本全国に散らばって伝えられたのではないか。
ギリシャ神話と日本神話の関係
1.三界分治 ギリシャ神話 天界(ゼウス)、海(ポセイドン)、冥界(ハーデス) 日本神話 高天原(天照大神)、夜の食国(月読命)、海原(素戔嗚尊)<古事記による>
2.海の老人型 ギリシャ神話(ネレウス) 日本神話(塩土老翁)
3.ペルセウス・アンドロメダ型 ギリシャ神話(ペルセウス、アンドロメダ) 日本神話(素戔嗚尊、奇稲田姫)
4.冥界訪問神話 ギリシャ神話(オルペウス、エウリュディケー) 日本神話(伊弉諾、伊弉冉)
5.女陰露出型 ギリシャ神話(デメテル、バウボ) 日本神話(天照大神、天鈿女命)
などが取り上げられている。

しかるに、こういう通説的見解に対して異を唱える人物が現れた。元産能大学教授萩野貞樹(物故)という先生で、その意見の骨子は「記紀」に書かれていることはみんな「正」であると言うことに尽きる。「記紀」に書かれていることに「異」を唱えるのはおかしいと言うのである。無論、失礼ながらこの種の見解に対してはおおむね曲解や誤解があると思うが以下引用してみる。いずれも一部のご友人の説を除いては全否定と言う様相である。

★「歪められた日本神話」(萩野貞樹、PHP新書289)の主張

*神話創作説
川副山形大学教授説 古事記は一人の書斎人の手によって机上で創作された「文藝作品」である。
梅原猛説 古事記は目の前のナマの人間(持統天皇や藤原不比等など)をそのまま神に置き換えて、その行動ほかを神々らしく修飾して表現した。

*史実反映説
考古学上の知見は、史実の反映である。

*政治宣伝文書説
日本神話は宮廷権力の政治的要求から創作、造作、構成されている。

萩野説は上記の説は全否定である。

*海外神話との断片の類似・構造の類似
一つ一つの話根を切り離してみれば、世界中にいろいろと似た話はある。(断片の類似)
全体の構造、筋立て、事件の継起順などかなりの細部にわたるまでよく似た話。(構造の類似)
構造の類似を神話の類似というと、その原因は1.伝播説 2.偶然説 3.深層心理説に分けられる。

*国譲り神話は造作できない
上述のデュメジルの三機能に言う、人間の社会において(1)王と祭司、(2)戦士、(3)生産者のそれぞれが果たす役割と対応する神として(1)は天照大神(2)素戔嗚尊(3)大国主命と言うことで、最初はそれぞれ独立した集団を構成して対立していた支配者的機能の神々と生産者機能の神々とが、熾烈な闘争の過程を経て最後に和解し、単一の神界に統合されるまでの経緯を主題とする神話が国譲り神話である。これは「構造の類似」の神話でインド、北欧、ローマ等の神話にもある。

*神話に矛盾や不合理があるのは神話がそうなっているからである。
「古事記」が、出雲で交渉し筑紫に降臨したと記すのは、伝承がそのようになっていたからにほかならない。それをそのまま書いたのは、伝えられてもいないデタラメな話をこね上げてみても、そんな紙屑は鼻紙にもならないからである。

以上、萩野説では構造の類似の神話はあっても記紀に書かれていることは日本に伝承された独自の神話と主張するもののようである。

*日本神話を道教文献の焼き直し、書き直しと言う説
神道の語は「易経・観卦彖伝<かんかたんでん>」を文献初出とし、「太平経」にも出てくる。惟神(いしん・かむながらのみち<晋書・後漢書に出てくる>)と融合し日本書紀は日本民族固有の信仰として神道と言う語を採用した。しかし、その実態は道教思想である。
萩野説は、当時の日本には、日本のカミを表す固有の文字はなかった。漢字を知っていたので似たような意味の漢字を当てた。漢字を使ったからその思想も取り入れた、にはならないのである。

*統合・ツギハギの説
統合説
例、出雲での国譲り、筑紫への天孫降臨これは矛盾である。益田勝美元法政大学教授説では「別々のかたちで作られた伝承の、強引な接合状態」となる。萩野説では、ミズーリ艦上で重光葵が国譲り文書に、いや降伏文書に調印して、厚木にマッカーサーが「降臨」しても、私は少しも不思議でない、と。
難癖を付けるわけではないが、マッカーサー元帥は降伏文書調印の米国代表として事前に厚木にやって来たのであり、出雲の国譲りと筑紫への天孫降臨の話のように各々独立した話ではない。即ち、交渉ごとはいつの時代にもあったと思われるが、天から天降ると言う話は特定の集団の神話であり、二つは別個の集団の話ではなかったか。
ツギハギ説
神話の物語を、話の要素ごと話素・話根ごとに、あるいはまた各神格ごとにできるだけ細分し分断してみせて、それら断片だった古い伝承を、のちに宮廷で統合したのがいま見る神話である、と言う説。
萩野説は、日本民族は各地各氏、だいたい一様の神話を共通の民族伝承として聞き伝えていた、と。

*架上説
天之御中主神は、いちばん最初に現れる原初神である。しかるに古代伝承というものは上へ上へと積み上げられて生成するものであるから、もっとも古いとされる天之御中主神は、実は成立は最も新しいのである、と言う説。
記紀を神武天皇から始めた場合、「神武天皇にも親はいるだろう。それはどうなっているのだ」とねじ込められれば、言われた方も切ないから父は誰それ、母は誰それと付け加えるであろう。しかし、そんなことをしていたら際限なく続くので日本神話では一定のところで独身の神を持ち出して無限連鎖を断ち切っている。
萩野説は、世界中に、架上によると確実に言える神話はたった一つも存在しない。

★まとめ

萩野説の、まず、その前提とする話であるが、日本で発祥し、語部により語り継がれてきた、とするもののようだが、当時の日本は白鳳文化の時代(645年(大化元年)の大化の改新から710年(和銅3年)の平城京遷都まで)と言われ 1.中国大陸の高度な文明制度を取り入れて、本格的な国家が誕生した 2.初唐文化の影響や朝鮮半島、インド、西アジア、中央アジアの文化も影響した、とあり、当時としては国際化の進んだ国ではなかったか。貴族社会の宮廷文化と庶民の土俗文化とは現代で言う格差はあったとは思うが国史編纂は宮廷内で行われたものである。しかるに、「日本書紀」の成立過程を見ると、天武天皇は一人の大臣も置かず、直接に政務をみたとか皇族が要職を分掌し、皇親政治を敷いたという。天武天皇10年(681年)3月17日、川島皇子、忍壁皇子、広瀬王、竹田王、桑田王、三野王、上毛野君三千、忌部連首、安曇連稲敷、難波連大形、中臣連大島、平群臣子首に帝紀と上古の諸事を筆録させた。筆記者は中臣連大島と平群臣子首である。編纂委員の半数は皇族で半数は臣下であるが、上毛野氏、忌部氏、安曇氏、難波氏、中臣氏、平群氏は、かって日本の政界の中枢を担っていた豪族であるかははなはだ疑問だ。国史と言うからには日本の命運に関わるような事件や事故を処理してきたような一族の歴史記録を残しておくべきではないのか。要するに、天武天皇は天皇家を際立たせたいが、かといって、ボロも出したくない、と言うところなのだろう。従って、天武天皇としては物事の黒白がはっきりする文字の記録を排除したいところだが、文明が進んで文字の記録が主となってきた白鳳時代には語部というのはあまり用をなさなくなってきたのではないか。しかるに、「古事記」の編者である太安万侶は語部稗田阿礼などと言っているが何分にも日本式漢文で日本人にしか解らないと言うことで不採用になったか。
当然のことながら、白鳳時代は漢字も相当普及し公文書は漢文化されていたのではないか。外国(中国、朝鮮半島)の書籍も輸入され、貴族階級の人は誰でも海外資料を参照できたと思う。「日本書紀」の注釈書を見ても、冒頭部分の天地開闢の部分は中国の「准南子」によっていると言うのが多数説だし、ほかに「芸文類聚」「天部」「三五歴紀」などを挙げる説もあり、「数ある中国の神話の中から日本の神話に似た話を採って纏めてある」との解説もある。よって、萩野説の日本神話は日本で自然発生し、そのままの形で語り伝えられていると言うのは当たらないのではないか。また、記紀の天地開闢神話はかなり違うので同根の話ではないと言う見解もある。即ち、萩野説の説いてやまない神話の普遍性については日本ではどうなのだろう。「天皇家の神話などは存在しなかった」(p.182)とか「皇室にとっては他人の神話だと言うことである」(p.184)などに反論しているが、事実はいずこにあるか解らないところである。

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記紀神話は日本プロパーなのか への2件のフィードバック

  1. 名無し より:

    中国には、記紀に匹敵するような体系的な神話が残されていないのが興味深いですね。
    エジプト神話もそうですが王権神話ほど体系的になり、中国神話など大衆神話ほどアンソロジー的になるそうですね。

    • tytsmed より:

      >中国には、記紀に匹敵するような体系的な神話が残されていない
      おそらく王朝が頻繁に代わり、どの王朝の神話を採用していいものか判断がつかなかったのではないでしょうか。
      その点、失礼ながら日本はボロを出さずに伊藤博文さんは「万世一系」とお述べになっている。

      >王権神話ほど体系的になり、中国神話など大衆神話ほどアンソロジー的になる
      王を頂点とするヒエラルキー型組織の人と四民平等的発想の庶民では創作内容にも違いがあったと思います。

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