金売吉次

★はじめに

とある本を読んでいたら三内丸山商人は弘法大師なのか金売吉次なのか、とあったので久しぶりに金売吉次のことを調べていたら、現在では金売吉次などと言うのは伝説上と言おうか実在しない人物(虚構の人物)と解されているようである。出てくるのがせいぜい軍記物語で一介の商人が国の正史などに出てくるわけもなく物語のなかの登場人物と捉えられているようだ。とは言え、摂政・関白・太政大臣まで務めた九条兼実の「玉葉」[(文治3年<1187年> 丁未) 9月29日 丁卯 天晴]には、以下のごとくある。
「・・・貢金の事、三万両<後白河院が大仏滅金料として平泉の藤原秀衡に寄進を要請したもの>の召し太だ過分たり。先例広く定めて千金を過ぎず。就中、近年、商人多く境内<産金地のこと>に入り砂金を売買す。仍って大略堀り尽くしをはんぬ・・・」と言い、当時の最高権力者にも「金商人」の存在は伝わっていたと言うことである。金売吉次はその中の突出した成功者だったのではないか。何せあまたいた「金商人」のなかで名が後世に残っているのは「吉次」くらいなものである。「平治物語」には「堀弥太郎(堀景光)」なる人物も出てくるが、「吉次」の別名という説もある。そこで、金売吉次とはどのような人物なのか、「義経記」などの軍記物語を中心に検討してみる。

★金売吉次とは

[出生]
当然のことながら大勢いた金商人をモデルにした虚構の人物の生年月日や没年月日は公的な記録には残るはずもなく、分からないのが実情だ。年齢は吉次が軍記物語で描かれるのは現今の三十歳代か。「義経記」に「長者〈沢弥傳(さわやでん)、宿泊先の主人〉は吉次が年頃の知る人なりければ、女房数多(あまた)出だしつつ色々にこそもてなしけれ」とある。また、出身地についても、「平治物語」は奥州多賀郷(陸奥国宮城郡多賀郷、現在の宮城県多賀城市)に住み、毎年、冬、金商売に京に上ったという。「義経記」は、毎年、奥州に下る金商人で、京の三条に住むという。(同旨はほかに、舞曲「鞍馬出」)また、「源平盛衰記」は京の五条とする。京の場合は三条であろうが五条であろうがあまり問題ではないが、奥州多賀郷は少しばかり問題だ。ほかに吉次の出身地を奥州とするものに現宮城県栗原市金成がある。言い伝えは吉次の両親の墓と言うもので、伝承に過ぎないのでここでは割愛する。産金地は現在の宮城県気仙沼市、岩手県一関市、宮城県大崎市、宮城県石巻市に囲まれた地域が主力ではなかったか。現在の多賀城市から直に産金地に買い付けに行くとしてもやや遠いことだし、また、差配人とも言うべき統括者(奥州藤原氏)は平泉にいたのだから平泉に居を移した方がよかったのではないか。奥州多賀郷が「吉次」の生誕の地としても何かと不便だったのではなかろうか。また、出身地とは直接関係はないが、吉次は商売上、京にも奥州にも屋敷を構えていたと言う見解もある。ほかにも色々なところに吉次の屋敷跡という史跡があるらしいが、やはり出身地となれば産金地の奥州か消費地の京となるかと思われる。吉次は奥州の権力者藤原秀衡とも懇意にしていたようなので平泉界隈が妥当な出身地かと思われる。

[家族]
次いで、吉次の家族だが、舞曲「烏帽子折」には吉次は吉内(きちない)、吉六(きちろく)の二人の弟がいたという。このほかに両親が出てくる。宮城県栗原市金成の伝説では父親は炭焼藤太と言い、金成畑(バス停にその名が残っているようである)の人であるという。母は京の三条右大臣道高の娘の於幸弥(おこや)姫とある。肝心の妻子は出てこない。この炭焼藤太伝説というのは全国的に拡散していて鎌倉、室町、江戸時代にかけて踏鞴師(たたらし)、鋳物師(いもじ)、鍛冶師(かじし)などが発生し金屋村ができた。彼らは精錬のため特殊な炭(現在で言うコークス、石炭の類いか)を必要とした。そこで炭焼に関し九州・豊後に発生した炭焼小五郎民話が炭焼長者の民話になったという。炭焼長者とは正確には、近世筑豊の「炭鉱王」とでも言うべきものか。中部・東北地方では、炭焼小五郎は炭焼藤太と呼ばれ、栗原市金成の場合は吉次、吉内、吉六はその子とされ、藤太の得た金を都へ運ぶ金商人になった、と言う。金商人は危険を伴った職業であったらしく吉次兄弟は行商の途中、現在の福島県白河市で強盗藤沢太郎入道に襲われ殺害されたとされる。やはり妻子はいなかったと言うべきか。金売吉次の両親も炭焼藤太の話に付会されなければ筋の通ったものになっただろう。即ち、両親息子たちは、冬になるまで農作業の傍ら砂金を採掘し、冬になると野良作業などができなくなるので吉次たちは半年間ほど京で砂金などの商いをした。余計な話が付着したので「金売吉次」はますます虚構の人になってしまった。

[財力]
「三条の大福長者」(義経記)、「奥州一の金持ぢ」(登米市の伝説)などの表現もあるが、おおむね平凡な金商人として描かれている。おそらく吉次は市井の金商人だったのだろうが、源義経が有名人になったので吉次の知名度もアップしたと言うのが本旨かと思う。「義経記」によれば吉次が義経を平泉に連れて行って秀衡等から成功報酬としてもらったものは[「秀衡を秀衡と思はん者は吉次に引手物せよ」と申しければ、嫡子泰衡白皮(しろかは)百枚、鷲の羽(は)百尻(ひやくしり)、良き馬三疋(さんびき)、白鞍(しろくら)置きて取らせける。二男忠衡も是に劣らず、引出物しけり。其の外家の子郎等我劣らじと取らせけり。秀衡是を見て、「獣(しし)の皮も鷲の尾も、今はよも不足有らじ。御辺(ごへん)の好む物なれば」とて、貝(かひ)摺(す)りたる唐櫃(からひつ)」の蓋に砂金一蓋(ひとふた)入れて取らせけり。吉次此の君の御供し、道々の命生(い)きたるのみならず、徳付きてかかる事にも逢ひけるものよ。多聞(たもん)の御利生(ごりしやう)とぞ思(おも)ひける。かくて商ひせずとも、元手儲けたり。不足有らじと思ひ、京へ急ぎ上りけり]とある。秀衡からもらった砂金はともかく、獣の皮とか鷲の尾羽とか馬は京で高値がついたかどうかは疑問だ。あるいは、それらを京まで運ぶ費用が多額で今で言う採算割れではなかったか。以上より判断するなら吉次は中流の金持ちではなかったか。

★結 論
以前は「金売吉次」と言えば、巷間伝えるところでは、人身売買の元凶で奥州からは砂金を、京からは女性を連れて往還していたという。しかし、最近の説では、奥州の砂金と京都の物品との交易を行った京都の商人というのが落ち着き先であるようだ。秋田美人も京都の女性と蝦夷の男性の混血という説がある。但し、一般的にはこんな説はないようでロシア人と日本人との混血を説く俗説があるとか。
源義経奥州避難説も最近は散々なようで、吉次の案内で奥州平泉へ逃避行したについては、鞍馬寺に上ったのも、そこから奥州へ行ったのもみんな義経の養父大蔵卿一条長成の計らいで、吉次の存在を認めるとしてもせいぜい道中の用心棒くらいとか。
源義経のいわゆる「腰越状」は吉次の存在を決定的に無効にしている。以下、吾妻鏡原文と読み下し文を記載する。
[原文]
故頭殿御他界之間。成無実之子。被抱母之懐中。赴大和国宇多郡竜門牧之以来。一日片時不住安堵之思。雖存無甲斐之命許。京都之経廻難治之間。令流行諸国。隠身於在在所所。為栖辺士遠国。被服仕土民百姓等。
[読み下し文]
故頭殿御他界の間、実無之子と成りて母の懐中に抱かれ、大和国宇多郡竜門牧に赴きて以来、一日片時も安堵の思に住せず、甲斐無きの命許を存らうと雖も、京都の経廻難治の間、諸国に流行せしめ、身を在々所々に隠し、辺土遠国を栖と為して、土民百姓等に服仕せらる。

要するに、金売吉次などには世話になっておらず、最初、京都の街にいたが平家の追っ手から逃れるのが難しくなったので畿外へ、そして遠国へと独力で逃げ回ったというのであろう。「土民百姓等に服仕せらる」というのも食料を得るために野良仕事をしたと言うのであろう。義経の一文からは金商人などの富裕層は彼の周りには見当たらない。もっとも、「腰越状」から人物の名前を拾ってみると「源義經」「故頭殿(源義朝のこと)」「木曾義仲」の三名のみで本人以外はみな故人で現存者は出てこない。なにがしかの配慮がうかがえる。「腰越状」偽書説もある。しかし、「平家物語」「吾妻鏡」「義経物語」のいずれの「腰越状」も似たり寄ったりの文章である。
金売吉次に関しては、
1.牛若を拐かして平泉に連れて行ったのは、中世に横行した人買い譚の起源か。
2.砂金売買の商人には死の商人の臭い。
3.吉次伝説は金屋(鋳物師、鍛冶師、踏鞴師など)が広めた話か。
4.金屋と炭屋とは不即不離の職業だったか。
5.金屋はその名に「吉」の字を用い、炭屋は「籐」の字を用いたか。
6.当時、日宋貿易では金が決済手段だった。後白河法皇が秀衡に要求した三万両もそのためか。
7.金商人のご本尊は奥州藤原氏で、吉次などの金商人は運び屋だったか。
などなど言われている。いずれにせよ金商人は江戸時代に入って金の採掘、流通が幕府の独占事業になるまでの地方豪族の監督下にあった金屋の一業態ではなかったか。

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