はじめに

先日、神道関係の辞典で「高良玉垂命」の項目を見ていたら、その本性がいろいろな神や人物に比定されている。私見では玉垂命は玉垂命であってその正体が武内宿禰と言われてもなぜそうなるのか皆目見当がつかない。まあ、妄想もここまで来ると大したもの、と思うのだが、その諸学説を列挙してみると、
私見で正当と思われる説
1.筑紫平野の古代豪族「水沼君(みぬまのきみ)」の祖先神
「肥前国風土記」の大足彦(景行)天皇の高羅行宮の伝承からと言う。
2.阿曇連の祖、綿津見神
神功皇后の征韓時に威烈を耀かした。太古筑紫地方に勢があったと言う。
私見でどうかと思う説
1.武内宿禰
武内宿禰に荒木田襲津彦を配祀
所々の八幡宮の末社には高良と武内とを分けて祀っている。二神は別神か。
2.月天子
3.藤大臣
藤大臣は、中臣烏賊津臣、藤大臣連保、住吉明神の化身
物部氏の遠祖、物部胆咋連の諸説有り。また、
武内宿禰の別名とも藤大臣の別名とも言う
物部保連(やすつら)なる人物もいる。
物部氏が多いのは大祝鏡山氏が物部氏の出と言うからか。
4.比売許曽神
比売許曽神を高良山では玉垂命といい、香春峰では香春神と言う。
5.彦火火出見尊(天津日高日子穂穂手見命とも)
インターネットに出回っている説
1.高麗からの渡来人のもたらした神
2.天明玉命(玉祖神)
など多数。
よくまあ、こうもあれやこれやと考えつくものかと感心させられるが、高良玉垂命とはどのような人物だったかを検討してみる。

★高良玉垂命とは

「玉垂」とはいつ頃の人か

「日本書紀」景行天皇十二年九月「一曰鼻垂。・・・二曰耳垂」とあり、この「垂」は「玉垂」の「垂」と同種のものであろう。また、「肥前国風土記」には景行天皇が「高羅(こうら)行宮」に長期滞在したことが見え、玉垂との逸話はまったく欠落して、何か高良玉垂命とは景行天皇その人を指す感がなきにしもあらずだが、景行天皇と同時代の人ではなかったか。一体に、景行天皇は「弱きをくじき、強きとは和平」の傾向が強い人で、川上の山間部の豪族である鼻垂や耳垂は実力行使に出て吹き飛ばし、筑紫平野一帯の大豪族である玉垂とは和平交渉で臨み、おそらく玉垂の娘の一人を自分の妃(きさき)とし、その妃との子には筑紫平野の海方の半分を与え、玉垂嫡流の男子には山方半分を与え、結局、天皇は玉垂から領土の半分をかすめ取ったのではないか。これは後ほど十二月条に出てくる「熊襲梟帥」の説話と同じで「肥前国風土記」にも本来は玉垂と景行天皇との同類の説話があったかと思われるが、「日本書紀」で景行天皇が九州遠征をする目的は熊襲討伐だったのでそちらの方を採用したのだろうか。但し、「日本書紀」と「肥前国風土記」はその伝承を異にし、「日本書紀」では「水沼県主猿大海」という人物が出てくる。「猿」は潮の満ち引きの意味か。「大海」と言うから県(あがた)は現在の有明海に面したところにあったのだろうか。何か出来すぎた名前のようで本当にこんな人はいたのか。現在の久留米市三瀦町は玉垂命一族の奥津城だったか。

「玉垂」とはどんな領主だったのか

おそらく現在の筑紫平野全体を治めた古墳時代の領主だったのだろう。海方の湖沼地帯を避けて現在の久留米市界隈に本拠を置き、後世の筑前勢と覇を争っていたのではないか。また、現在の柳川市あたりに港を開き直接中国と交易を行っていたのかも知れない。この交易権は後世の水沼君(景行天皇の子孫と思われる)に引き継がれていったのではないか。しかし、景行天皇に領土の半分をかすめ取られるなど、その統治能力には少なからず問題があったのではないか。当時の基幹産業とも言うべき、農業、漁業、養蚕業などを自家薬籠のものにしていたかは疑問だ。畿内の豪族に見られるような強固な経済基盤の上に成り立っていたかははっきりしない。そこを景行天皇に衝かれたか。とにもかくにも、景行天皇が高羅(高良)に長期滞在するようになって玉垂の影響力は急速に落ちたと思う。景行天皇と直接お付き合いがありながら、これが「玉垂命」の前方後円墳だ、と言うのもないようだし、領地の広さの割には強力な王ではなかったようだ。また、記紀の皇統にも関係づけられていない。当時としては珍しいタイプの王だったと思う。

玉垂命の後継氏族は

玉垂命には九人の子供がいて「九躰皇子」という尊称で祀られ、現在は高良御子神社となっている。しかし、同神社の創建は江戸時代のものであり、九躰皇子の存在を信ずるものは高名な学者では皆無ではないかと思われる。高良大社にはいろいろ資料が多いようであるが、南北朝以降のものが多いようである。したがって、資料としての価値は乏しいようだ。神官としては、当初、丹波氏があったが、その後、物部氏が台頭し、鏡山氏、神代氏、宗崎氏に分かれた。したがって、玉垂命は物部氏(上述したように物部胆咋、物部保連の名もあるが、「日本書紀」にある景行天皇に同行した「物部君夏花」が適当か)とも思われるが、大祝物部氏は氏子に過ぎないという見解もある。やはり玉垂命は在地の人であったのではないか。今となってはその子孫を詮索することは難しいが、「九躰皇子」などと言うのも「古事記」孝元天皇段の建内宿禰の焼き直しで玉垂命の子孫とは思われないものの、系図に出てくる諸氏は古くから地元に根ざした一族であり、あるいは、その中に玉垂命と血縁のある一族が存在しているかも知れない。多くは神官として残っており、無用な権力闘争などに巻き込まれなかったのが幸いしたか。無論、武内宿禰の子孫には丹波だの、物部だの、その種の人はいない。各氏とも奈良の中央豪族で、地域も一定(大和盆地南西部)の偏りがある。

★まとめ

高良の社号の読みにも変遷があるようで古代には「カワラ」と言い、中世では「カハラ」と言い、近世では「カウラ」と言い、今は「コウラ」と言っている。古代「カワラ」、中世「カハラ」は福岡県田川郡香春町(かわらまち)と何らかの関係があったのか。但し、高良大社と香春神社の祭神はまったく違うようである。また、高良山を「たからのやま」と読み、何か鉱物資源(銅か石炭か、はたまた、金か)があるような雰囲気もあるが、一般的な読みではないので割愛する。地名はおそらく西暦730年代に編纂されたであろう「肥前国風土記」に次に述べるように高羅(こうら、と読むのではないか)とあるのではじめから「こうら」か。そこで、高良(こうら)だが景行天皇が滞在した土地が高羅と書かれているので「羅」は新羅の羅と同じで朝鮮系の地名という人もおり、また、香春町のホームページでは「その語源は古代朝鮮語にそのルーツを探ることが可能で」とあり、また「古代においてカパル(急険な)カグポル(金)と言う意味から来たという説もあります」とある。しかし、「豊前風土記に「田河の郡、鹿春の郷・・・」語源はいずれも『川原』の意味から取ったあて字であって、金辺川(清瀬川)の美しい川原の意味であると書かれています」とも紹介している。九州何でも朝鮮説もいいが、「魏志倭人伝」にも朝鮮語らしき地名は出てこない。また、香春神社の祭神に「辛国息長大姫大目命」とあり、「辛国」は朝鮮のことと解する向きもあろうかと思うが、「カラ」には高地という意味があると説く見解もある。「(タ)ヒラ」(平地のこと)、「クラ」(谷間のこと)に連なる言葉ではないか。辛国の「国」はクネ(久根、久禰)の転か。クネとは「日向で、土地隆起して通過を妨げる場所」との見解もあり、「クニ」と「クネ」は同語という説もある。これは一般に言う「山」に外ならず、辛国=高山という意味であり、香春三山(一ノ岳・二ノ岳・三ノ岳)のことではないか。元々は香春三山が信仰の対象だったのではないか。香春神社は高山神を祀っていたのか。この神名も何か「日本書紀巻第九」の読み過ぎか。高羅も根拠のない当て字を解説しているだけで賛成できない。要するに、こうら(高良、甲羅、古浦、香良など)や、ごうら(強羅、郷良、強楽、五郎〈ごら〉)などの地名はたくさんあり、1.石地、砂地 2.岩石の露出したゴロゴロしているところ 3.ガラ、即ち、空間のあるところ 4.「コ」は「キ」と同じく、高地の意味、と説かれている。語源的には「川原」か。以上より「高良」の朝鮮語語源説は考えられない。したがって、高良玉垂命も朝鮮系の神とは思われない。
次いで、高良大社大祝鏡山氏は代々物部氏と称するが、系図・家記・旧記の類いはいずれも武内宿禰の後裔としている。記紀では「武内宿禰」と九州は無関係ではないし、武内宿禰は景行天皇の子の世代(成務天皇と同年齢)とされているので高良玉垂命は武内宿禰と言ってもおかしなものではない。しかし、高良玉垂命の支配地だった筑紫平野と武内宿禰は接点がなかったような。武内宿禰が関わったのは今の福岡市界隈で久留米市まで足を伸ばした形跡はない。それに、高良玉垂命は武内宿禰とする説は中世以降のものとされ、当時、そう唱えなければならない人物がいたのか。前述したように、所々の八幡宮の末社には高良と武内とを分けて祀っている、とあるので、おそらく高良玉垂命と武内宿禰は別人かと思われる。
そのほかの藤大臣説なども後世の人で高良玉垂命とは時代が合わないし、記紀に登場するいろいろな神や水沼君祖神説、筑紫君祖神説、物部氏神説も十分な説得力のあるものではないと思う。したがって、高良玉垂命とは景行天皇の御代に筑紫平野を支配していた大豪族ではなかったか。また、水沼君は、道主貴(ちぬしのむち、宗像三神という)を祀り、高良玉垂命を祀ってはいないので、これまた別氏族であろう。

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