倭とはどんな国(1)

魏志倭人伝に記載されている倭の現状
 
 
 1.男子は、皆、黥(入れ墨)面文身。諸国の文身各々異なる。尊貴の差有り。
 2.常に会稽の東冶の東にあると認識されていた。
 3.風俗は淫ならず。
    男子は、皆、露紒(みずら)。頭に木綿を招ける(頭に布を巻いたり
   載せたりした絵は余り見かけない)。衣は横幅、結束して連ね、縫製
   はしない。(連ねというので複数の布を結んで使ったと思われるが、
   或いは一枚の布か)
    婦人は、被髪屈紒。衣は貫頭衣。
 3.禾稲(かとう、いね)、紵麻( からむし・あさ)を栽培し、細紵を作り、
   蚕桑緝績し、縑緜を作る。
 4.牛、馬、虎、豹、羊、鵲(かささぎ)はいない。
 5.武器は、矛、楯、木弓。木弓は下を短く、上を長くする。竹箭は鉄鏃、
   骨鏃。
 6.温暖。冬夏生菜を食す。
 7.皆、徒跣(はだし)。
 8.朱丹を身体に塗る。
 9.食飲に籩豆を用い、手食する。
 10.墓には棺あるも槨(そとばこ)なく、土を封じて塚を作る。
   葬儀は、停喪十余日。肉は食べない。喪主は哭泣し、他人は歌舞飲酒。
   埋葬後は家中全員水中に詣( まい)り、澡浴(そうよく・不潔を洗い清める)する。
 11.真珠、青玉を産出。山には丹(あかつち)がある。
 12.木は、枏(だん・くすのき)、杼(ちょ・どんぐり)、豫樟(よしょう・たぶのき)
   楺(じゅう・ぼけ)、櫪(れき・くぬぎ)、投(誤字で一般には杉と解されている)
   橿(きょう・かし)、烏號(うごう・からすぐわ)、楓香(ふうこう・かえで)がある。
   以上は、邪馬台国の舞台となった西日本ではよく見られれる樹木の由。
   同様のことは竹の種類についても記述がある。
   食事に香辛料は使われなかったようである。
 13.挙事行来の際は、骨卜を行う。
 14.会議の席順は父子男女で差がない。
 15.酒を飲む。
 16.貴人への敬礼は、手を打ち、跪拝に当つ。(今の神社等における柏手を
   連想させる)
 17.寿考(ながいき)、或いは百年、或いは八・九十年。(其の俗正歳四時を
   知らず、と言う文も別にあるので信用に足る数字ではない)実数は、この
   半分以下か。
 18.尊卑を問わず一夫多妻制である。
 19.租賦を収む。(既に、租税制度が完備していたと言うことか)
 20.邸閣有り。国々市有り、大倭が監視している。大倭は大和朝廷と倭人中の
    大人の二説あり。
 21.女王国より以北には、特に一大率をおいて諸国を検察した。伊都国が
    監理した。
 22.国中において刺史のごとき有り。(行政監察官の制があったと言うことか)
 23.下戸が辞を伝え事を説くには、或いはうずくまり、或いはひざまずき、
    両手は地に拠る。(今もこういう挨拶の仕方は和室では一般的)
 
 
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